美雨の部屋へようこそ

世界の旅日記や 文化、歴史のぷち・エッセイを書いています。他にも海外、国内のお気に入りのドラマのあらすじ&感想を勝手気ままに綴っています。

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エステ枢機卿の愉しみ ヴィラ デステの噴水 ~ティボリ~

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エステ枢機卿の愉しみ ヴィラ デステの噴水 ~ティボリ~

水しぶきの恋しい季節になりました。
よければ、記事といっしょにBGMをどうぞ
ツァーベル作 ハープ曲『噴水』http://www.youtube.com/watch?v=M-PRmXjmlAg

ヴィラデステ




エステ家の別荘は、ルネサンス最高峰の庭園があることで知られている。
ローマから30kmだが、地下鉄と路線バスを乗り継いで片道1時間半余り、近そうで遠い。
急いでも半日以上は割かねばならない。 3coins in the fountainという映画を見て、
是非このティボリを訪れてみたい、という念願が叶って、高速バスでローマからこのデステの別荘へ。

人間の想像力と叡智ってなんて偉大だろうと思わせる水の芸術を
これでもかというほどの種類の噴水で表現した水のパラダイス庭園、本当に息を飲むばかりである。




ヴィラデステ 通路にもふんだんに噴水が




ここヴィラ・デステ(エステ家の別荘)の歴史について少し。
1550年、フランス王フランソワ1世の後ろ盾で枢機卿に任命されたイッポーリト・デステは、
次王アンリ2世の下で失脚の憂き目に遭った。その後、このティヴォリの地に隠遁して、
ベネディクト派の修道院があったこの場所に別荘の建設を開始した。
内部装飾はさながら宮殿で、とても聖職者が建てたものとは思えない豪奢さである。
内部の各広間の天井を覆うフレスコ画の鮮やかさも目を虜にする。

ふんだんな水と地形の高低差を利用した巧みな造園術は、当時の技術の粋を極めたものと言える。
ベルサイユ宮殿が完成する以前は、実にこのヴィラ・デステが、ヨーロッパの庭園のお手本であった。




イッポリート・デステ枢機卿
ヴィラ・デステ イッポリート・デステ

内装も豪華 とても元聖職者の館とは思えないほど
ティボリ2




シーズンオフの平日ともあり、人影もまばらで静けさに満ちた庭園散策ができたし、テラスで飲むカプチーノも格別だった。
ここを訪れた第一の目的は「オルガンの噴水」の音色を聞くことだったのだが、このとき故障中で修理が終わるのはいつになるかわからないとのことで(いかにもイタリア的?)残念!
しかしながら、セビーリャのアルカサル庭園の幾つかの部分は、小型の水力オルガンをはじめ、このヴィラ・デステから発想を得ていることが確かめられたということだけでも、充分に目的は達せられた。
庭の真下に、懐かしいエフェソスのアルテミス女神の像で飾られた自然の泉がある。
その名もFontana della Natura. 。
fountain(fontana)とは、噴水という意味と、泉という意味があるのだが、(日本語だとまるで違う語義になってしまうのに対し)ここの泉を見ていると本当に分け隔てがなく、アペニン山脈から噴き出る水の豊かさのせいもあるのだろうが、fountainという独自の響きを強く感じてしまう。




アペニン山脈の豊富な水量を噴水にあしらう贅沢さ
アペニン山脈の豊富な水量を噴水に使う贅沢

ヴィラデステ 夜もまた美しいヴィラデステ
夜もまた美しいヴィラデステ




庭園の奥にたたずむ「エフェソスのアルテミス像 「自然の母なる泉」これも必見に値する。
沢山の乳房から水が噴出している独特の姿をした女神像。
しっかり写真も撮ってある。
してみれば、フェニキアのアスタルテ女神は、ギリシャのエフェソスにおいては、いつしかアルテミス女神に転化してしまったということであろうか・・・。
そのあたりにも、疑問と興味の触指が伸びていきそうである。 (笑)

現地で買ったガイドブックを読むと、これは17世紀初頭の彫刻で、ナポリ国立考古学博物館蔵のオリジナルの彫像からインスピレーションを得たものとあるが、私はそちらの方も見ている。乳房から水を出すという発想が面白いが、ミルクを出したら完璧リアルになりそう。想像するに、館の主が住んでいた当時は、そのようにして、密かに楽しんでいたのかも知れない、と直感で思った。

大地の恵みである水という恩恵と人間の美観、想像力の織りなす見事な水の芸術「噴水:fountain」、絵画や彫刻などより遥かに贅沢である気がする。
ヴィラ・デステは、ルネサンスにおける、古代ギリシャローマの理想を復興させようという精神が、水の演出にも応用されて発展した、その極みと云えないだろうか。



美雨



最後まで読んでくれてありがとう
ヴィラデステ アルテミス女神の噴水
アルテミス女神の噴水


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ポルトガルの名城  ペーナ宮殿とフェルナンド2世

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ポルトガルの名城 ~フェルナンド2世とペーナ宮殿~ 


ポルトガル・ペーナ宮殿
山上に立つ城 観光バスでは入れない不便さが魅力


ポルトガルのノイシュバンシュタイン城と喩えられる、ペーナ宮殿。

初めてこの城を目にした人は誰もが なんて美しい、おとぎ話に出てきそうな、ロマンティックな城だろうと目を奪われることでしょう。
時代からして、近世に建てられた”アンティーク趣味”なお城、という感じもします。
かのルートヴィッヒとも血縁関係にあるだけあって(笑)どこかしら求める美観が重なるのでしょうか。ノイシュバンシュタインからも見える、ホーエンシュバンガウ城にも、ちょっと似ています。

外壁は、カナルに照り映えるとりどりのヴェネチアンカラーのよう。様式は、ムデハル、ゴシック、ルネサンスの様式が見事に溶け合った、イベリア独自の「マヌエル様式」。なんともユニークな景観ですね。

長い歳月をかけて、丹念に注文をつけて、フェルナンド2世は誰のためにこの城を完成させたのだろう・・・と考えるとき、後世の人達のため、貴重な観光財源として遺していったと思わざるを得ません。
フュッセンのあの白鳥城もまさにそうでした。あるじのない城―-あまりに美しいがゆえに、
汚れた人間を拒むかに見える 人格をもった建造物のようです。  



ペーナ宮殿
まるでおとぎの国かテーマパークのよう


ドイツ出身でありながら、ポルトガルをこよなく愛したフェルナンド王。
「女王の婿」という地位ゆえに、政治的な実権を握ることはできず、その出口なきエネルギーが、夢の城の建設へと注がれていったのでしょうか・・
元々芸術肌の人物だったようですから、19世紀半ばから後半にかけての、権謀術数にまみれた国際外交の渦に巻き込まれるよりも、自分の趣味の世界に没頭して、お気に入りのオペラ歌手を愛人にして楽しく過ごすことが出来たことは、別な面から見れば、むしろ幸せな人生だったかもしれません。

ちなみに、上に書いた”マヌエル様式”とは、16世紀初頭のマヌエル1世王の時代の建築で、大航海時代を反映したモチーフや植民地からもたらされた珍品などをデザインとしてあしらったものを言います。具体的には、船の網やロープ模様、花や葉飾り、スパイスの実、原住民の姿、珍獣・・などが浮彫彫刻の意匠となっています。代表的な建造物としては、リスボンのジェロニモス修道院、トマールのキリスト修道院などがあり、ポルトガルにおけるルネサンス様式が、さらに独自に発展した装飾表現と考えると、理解しやすいかと思います。
なお、言葉は似ていますが、アンバランスなプロポーションの誇張とデフォルメを特徴とする、ルネサンス後期の「マニエリズム」とは異なります。



ペーナ宮殿入口
ペーナ宮殿の特徴あるエントランス

さて、城とあるじの歴史についてざっとダイジェストしてみましょう。

シントラの山の高台にそびえ立つ、19世紀に建造されたおとぎの国のお城。
大型観光バスが登れない山上にあるので、一般のツアーでは行けないが、お奨めの名所。
1840年着工、45年間を要して建設、1885年(明治18年)王の死と共に完成。
ゴシック、イスラム、ルネサンス、マヌエル様式が融合したロマン主義宮殿。

フェルナンド2世(1816ー85年)は、オーストリア・ハンガリー帝国の名門、ザクセン・コーブルク・ゴータ王家出身。英ヴィクトリア女王の従兄、ベルギー国王の甥にあたる。
ノイシュバンシュタイン城を建てたバイエルン王ルートウィヒ2世(1845-86年)と縁戚関係。

19歳の時、最初の夫に先立たれたばかりのマリア2世と結婚
子供は11人、うち7人が成人(殆ど毎年出産!)仲睦く暮らしていたが、
1853年、女王は32才の若さで産褥で早世。
妻亡き後は、息子の摂政となる。フェルナンドはあくまでも婿(王配)で、女王との間に嫡子が生まれた場合に限り、王として共同統治が認められる身分であった。ハプスブルグ家の女帝マリア・テレジアの場合と似ている(はい、種馬扱いです >_<)
1853年、長男ペドロ5世、13歳で即位、24歳でコレラで死去。
1861年、次男ルイス1世即位(文人肌で政治的に失策。結婚はしたが、ゲイの噂あり)
フェルナンドは愛人のオペラ歌手エリザと1869年に結婚、ペーナ宮殿で暮らしていた。
1885年、69才で死去。遺言では愛妾の所有としたが、平民の妻と娘に莫大な王家の財産が相続されることを懸念した議会は猛反対、王子が継承。
その後は息子カルロス1世、アメリア妃、孫マヌエル2世が居住。
1908年、国王と皇太子の暗殺事件でポルトガル王制は崩壊。その後は共和国が所有。
完成後わずか25年、一世代で王家の手から離れてしまった。




ブラジル生まれのマリア2世女王と王配フェルナンド2世
マリア二世とフェルナンド



ポルトガル・ブラガンサ朝末期の王たちは、いずれも短い生涯。
 マリア2世 34歳
 ペドロ5世 24歳
 ルイス1世 50歳
 カルロス1世 44歳 
 ルイス・フィリペ 20歳 ※在位20分間 父王の暗殺直後に死亡、ギネス記録
 マヌエル2世 43歳 イギリス亡命後に病死

1869年、スペインのイサベル2世の退位後の王位継承問題が生じた時、スペイン王への即位を要請されるが、ポルトガルの独立を維持するために、これを断る(エライっ!)

フェルナンドは「芸術王」と称され
「ドイツ人として生まれたが、ポルトガル人として生きた王」として親しまれている。
引退後14年間は、学問・芸術・科学の振興に生涯を捧げ、過去の歴史遺産を再評価して擁護&保存に努めた。
現在、ポルトガルのユネスコ世界遺産に登録されている殆どの建造物を再建修復した功績は大きく、最近になって、ポルトガルの識者の間で高く評価されている。




ちょっとだけ内部公開 王の執務室
ちょっとだけ内部公開 王の執務室

ロマネスク、ルネサンス様式ともゴシック様式とも違う・・・やっぱりどこか独特ですね
ルネサンスともゴシックとも違う・・・やっぱりどこか独特ですね



さまざまな人間ドラマが秘められている割には、一般に知名度が低いのがポルトガルという国、そして数々なモニュメントです。
この城もその内の一つといえましょう。

異文化の融合という火花が散って花開いた建築芸術。
こうして手塩にかけて育てた城も、孫の代には、王家の手を離れて、住むべきあるじを失ってしまった儚い運命ゆえに、なお一層のロマンの影を宿した土地となっているかのようです。
嵐の夜、雷雨と稲妻の下、フェルナンド王の幻影が城のテラスを歩いていたとしても、さほど不思議はないような・・

フェルナンドの魂もまた、手塩にかけたこの城の中を哀惜をもって徘徊しているのかもしれません。



美雨


おとぎの城のようなペーナ宮殿
ペーナ宮殿
今日もありがとう




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ロイヤル・コペンハーゲン 東洋への憧憬が生み出した名窯

ロイヤル・コペンハーゲン 東洋への憧憬が生み出した名窯


北欧、文化に関する検索が多かったので、載せてみます^^
ロイヤル・コペンハーゲン



小さいときから焼き物が好きでした。

小1のとき初めてのお小遣いで買ったものは、ご飯茶碗でした。一人で、スーパーに行って選んで来たんです。
たしかオレンジ色っぽい、萩焼ふうの器だったのを覚えています。お母さんにあげるつもりだったんですね。母が涙をこぼして、またお金をくれたのを覚えています。

初任給で、初めて買ったのも焼き物です。
焼き物、といってもデンマークの古窯元、ロイヤル・コペン。
古代中国の菊をモチーフにした、オリエンタルな白磁です。最初の絵付け師は有田焼きから、インスピレーションを得たといいます。



ロイヤルコペン アンティーク花器
ロイヤルコペン アンティーク花器 0718



かいつまんで、ロイヤルコペンハーゲンの紹介など。

ロイヤルコペンハーゲンは、1775年、デンマーク王室の援助により王室使用ならびに親交のある他の王室への贈答用陶磁器を製造する王室御用達製陶所として発足しました。1868年に民営化され、1885年、アーノルド・クローがアート・ディレクターに就任してから、コバルトブルーの絵付けによるオリジナルのブルーフルーテッドが再デザインされ、パリ万国博でグランプリを獲得。
これを境に、ロイヤル・コペンハーゲン社は、一躍世界的に脚光を浴びるようになりました。

創業以来2世紀にわたる王室との深いつながりと、「真に良いものしか生み出さない」という思想に支えられたクラフトマンの技術と心が、典雅な美しさ、芸術品と呼ばれる格調を生み、今日の高い評価を得るに至ったといえましょう。トレード・マークの王冠は王室との深い結び付き、3本の波はデンマークを囲む三つの主要海峡を表しています。



クリスマス・プレート 表
クリスマス・プレート 表

クリスマスプレート 裏
クリスマス・プレート 裏



1908年より、同窯ではクリスマス・プレートが作られ続けていますが、このプレ―トは陶磁器ファンの人気の目玉商品でもあり、親子、孫三代で100年間全年集め続けたコレクターの家も少なくないといいます。


シルクロードの時代から近代まで、中国では陶器は金より高価な宝物とされていますが 、なるほどこの艶と肌触りの典雅な芸術品と呼ぶにふさわしい手作りの逸品を眺めていると、宝と呼ぶに相応しい格調を感じます。



パンチボウル
ヴィルヘルム・ハンマースホイ画



そういえば一昨年、上野の国立西洋美術館で開催された「ヴィルヘルム・ハンマースホイ展」で、ロイヤルコペンのパンチボウルが展示されていて話題を呼んだのを覚えてるかたも少なくないでしょう。

因みに、ハンマースホイは19世紀デンマークの画家で、作品の中にロイヤルコペンハーゲン製の陶器がたびたび登場しています。

上の絵を街頭ポスターで見かけた方もいらっしゃるかもしれませんね。あの陶器はロイヤルコペン製とのことで、復刻版らしきものが展覧会で展示されていました。実際見たら結構大きくて、ビックリしました。

ロイヤルコペンもそうですが、ハンマースホイの作品も見応え十分です。なんだかとても不思議な世界で・・・古くはフェルメールの画法や空間配置とも繋がる不思議な世界があった気がします。



ロイヤル・コペンハーゲン2



派手でも地味でもなく、質素でも豪華でもない。

でも、惹かれます。つるつるでなめらかな白い肌。その上に描かれる、手描きのタトゥーのような、繊細な蒼のアラベスク。
そう、セクシーな器なんです。西洋人の、東への憧れがこの一皿いっぱいに凝縮されています。
日本人にファンが多いためか、JALでも国際線で、期間限定で急須&湯のみセットを通信販売でサービスしていたこともあるのですよね。 *上画像参照


紅茶が好きだと、器に凝ります。飾り棚が足らないのが悩みです。(涙




美雨



美雨の紅茶棚より
美雨の紅茶棚
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世界一おいしいフレーバーティー
北欧ティーのセーデルブレンドはノーベル賞の受賞晩餐会でも飲まれています。
美雨のお気に入りです。詳細は画像をクリック↓





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CAのつぶや記 イスタンブールのブルーモスク  

イスタンブールのブルーモスク  


BGM 飛んでイスタンブール 
https://www.youtube.com/watch?v=f5SV-68lCLw
なちゅかしのめろでぃーでイスタンブールへ飛びましょう♪
ブルーモスク(スルタン・アフメット・ジャミィ)1



イスタンブール。

東洋と西洋が交わる都市。
東ローマ時代はコンスタンチノーブルと呼ばれていました。

そして、イスタンブールのヨーロッパ側の丘の上に世界で一番美しいと 言われるモスクがあります。

スルタン(国王)・アフメット1世によって1609年より7年の歳月をかけて 建てられたイスラム寺院で、正式名称は「スルタン・アフメット・ジャミィ」、通称ブルーモスクです。



ブルーモスク内部
ブルーモスク内部

ブルーモスク(スルタン・アフメット・ジャミィ)
ブルーモスク(スルタン・アフメット・ジャミィ)



しかしながら建物自体が青いのではなくて、内部の壁を飾っているイズニック・タイルの基調色が「青」ということが、一般に「ブルーモスク」と言い習わされている理由です。
内部に入ってみると、ブルーモスクと呼ばれる 意味が判ります。 靴を脱ぎ中に入ると、天井からリングようなランプが釣らされているので驚きます。
まるでUFOのような形に驚いた。青色のタイルで飾られている壁。
世界で唯一6本の尖塔(ミナレット)を持つモスクはイスラム世界でも特異で、ガイドブックには、王が建築家に 「黄金(Altun)の塔を建てよ」 と難題を突きつけたとき、それを、6本(Alti)と故意に解釈して、そのようになったと記されています。
いずれにしても、相当な建設費用がかかったであろうことは、想像に難くありません。その後、総本山のメッカは面目を保つために、さらに1本を加えて、7本になったとか。



オスマン・トルコのスルタンアフメット1世
アフメト1世



オスマン・トルコ帝国のスルタンで、14才で即位、教養豊かで信仰篤かった名君、アフメット1世の時代に建設された大モスク。着工は1609年、完成は1616年と言いますから、キリスト教世界の大聖堂と比べると、驚くべき速さの工期です。
見学ですが、特にイスラム教徒でなくても、自由に内部に入ることができます。

4年前、ローマ法王ベネディクト16世がトルコを訪問した際に、この礼拝堂でイスラム指導者と共に礼拝(黙想)をした報道が反響を呼んだのは記憶に新しいところです。先のイスラム教に対する批判的な失言が物議を醸したことを意識した設定とはいえ、緊張した情勢を鎮静化して、歴史的な歩み寄りと評価された点では、大いに効果がありました。
ちなみに、ブルーモスクに入った法王は、前任のヨハネス・パウロ2世に次いで歴代2人目とのことです。



手前がヨーロッパ大陸で奥がユーラシア大陸。 間の海峡がボスポラス海峡
手前がヨーロッパ大陸で奥がユーラシア大陸。 間の海峡がボスポラス海峡

新市街の端にあるガラタ塔から360度見回した映像です。 夕方の日差しを浴びる金閣湾
新市街の端にあるガラタ塔から360度見回した映像。 夕方の日差しを浴びる金閣湾



折しも、日没の祈りの呼びかけ、マグレブのアッザーン(礼拝の呼びかけ)が響きわたり、一種荘厳な雰囲気があたりを包み込む頃。夕暮れ時をねらって待つこと、約1時間、なんとかイメージ通りの写真が撮れました。

世界一の名に恥じない、本当に美しいモスク。
平山郁夫のキャラバンの青い夜空を彷彿させますね。
なんと深い色なのでしょう。
また、素人目にもモスクの巨大さがはっきりわかります。
そして「暮れなずむ空の群青色」・・・ライトアップされた回廊が徐々に存在感を増し、外観は次第に夜の闇に溶けていく・・・
「もう一度行ってみたい場所」がまたひとつ増えました。



ブルーモスク
夕闇に包まれるブルーモスク

ガラタ塔
ガラタ塔



イスタンブールにやって来たら ぜひ、夕方にガラタ塔の上に登り、この都市を眺めてみてください。
夕焼けにシルエットになって映るモスク。 
反対側は ボスポラス海峡を通る船。
その先のアジア側の街の明かり。

ヨーロッパとアジアの果てに来たことを、必ずや実感させてくれるでしょう。



美雨


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イスタンブールの舞姫より 最後まで読んでくれてありがとう
イスタンブールの舞姫より 



※誠に勝手ながら頭痛のためコメント欄を閉じさせていただきました。<(_ _)>皆さん、良い週末を。

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ツヴァイク 「マリーアントワネット」 下巻

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ツヴァイク「マリーアントワネット」 下巻より

マリー・アントワネット 下巻


1881年、この本の著者ツヴァイクはウィーンの裕福なユダヤ人の家庭に生まれた。早熟かつ学識豊かで、語学の才溢れ、各国を旅して見聞を広め、一流の知識人たちと親交を持った。清澄なる谷間、ザルツブルクに住むが、ナチス・ドイツのオ-ストリア併合による迫害を逃れ、イギリス、アメリカを経てブラジルに亡命する。

その後、ヒトラーと手を結んだ枢軸国日本が、アジアにおけるヨーロッパの拠点を次々と攻略する情勢に衝撃を受ける。真珠湾攻撃、そして山下奉文を司令官とする帝国陸軍のマレー半島侵攻とシンガポール陥落。
そこにヨーロッパ文明の黄昏を見て、1942年、妻と共に毒を仰いで自害したとされる。享年61才。


13歳のマリー  
13歳のマリー      マリーにはやはり薔薇がよく似合う
彼女にはやっぱり薔薇がよく似合う

死の牢獄コンシェルジュリー マリーの最期の住まいとなった
パリ


しかし、戦後半世紀余りが経った今、かつてのアジアにおける悪逆非道の侵略者(と彼らには映ったであろう)日本人の子孫が、ツヴァイクの著書に触れて、その慧眼とヒューマニズムに感動した、という読者がいることを知ったならば、どんな想いを抱くであろうか。

21世紀、ヨーロッパ文明至上主義の神話は崩れつつあり、ようやく世界の諸民族の文化の独自性と価値が評価される時代を迎えた。
西欧人の傲慢極まりない白人至上主義。彼等が長い間蔑んできた有色人種を含めてグローバルな人文主義を打ち立てるべき時代。まさに今世紀はその潮流の渦中にある。それは未来の避け難い流れとなっていくだろう。
ツヴァイクのみならず、数千年に及ぶ西欧文明が生み出してきた金字塔たる名著の数々が、民族・階級を問わず、あらゆる原語に訳されて世界の人々の教養の土台となることを、彼もきっと望んでいるに違いない。



女神エラトーになぞらえ描かれたマリー・アントワネット
女神になぞらえたアントワネット
エラトーは歌、舞りで愛を表現する女神


以下、本(下巻)の印象的なフレーズを抜粋してみました。

◆パリは陰惨な食糧難の最中ということも構わず、ワインやたっぷりのご馳走が振舞われた。忠誠心も、愛と同じで、胃袋に左右されるということがよくある。

◆マリー・アントワネットが初めて考え、それも深く真剣に考えるのは、考えなければならなくなったからだ。働くのは、働かざるを得ないからだ。高みへ上がるのは、強大な力で惨めに押しつぶされないよう、運命が偉大になれと求めるからだ。

◆今や憤怒と不安は陽気な凱旋の中で解消される。革命の歌に轟々と打ち寄せられ、プロレタリア軍に押し上げられ、君主制の難破船は座礁していた大岩を離れていく。

◆自分の品位を落すような行き過ぎには、決して同意いたしません。不幸にあって初めて人は、自分が何者かを痛切に感じるのでしょう。

◆心の奥で、彼女はすでに悟っていた。破滅がもはや避けられないなら、心構えし、頭を真っ直ぐに上げて、せめて最後の義務は全うしよう。こんな風にわずかずつゆっくり底まで転落してゆくより、すばやい英雄的な死を、無意識のうちに憧れていたのかもしれない。

◆指導者たちは、ルイ16世の政治的な死を、さらに肉体へも敷衍させない限り、逆転の恐れはなくならないと信じ込む。共和国の建物に耐久性を持たせるには、王の血でモルタル塗りをするしかないと、過激な共和主義者たちは主張する。

◆どれほど純粋な理想であろうとも、いったん矮小な人間に委ねられれば、それはたちまち下劣で卑小なものへと変じ、その理想の名の下に非人間的なことが行なわれるのだ。

◆極限の孤独の中で、彼女が彼を想っていたように、同じ瞬間、彼も彼女を想っていた。幾マイルも離れ、幾重の壁に遮られ、見ることもできず手も届かないのに、それでもふたつの魂は同じとき、同じ願いを抱いていた。空間を超え、時を超え、彼の想いと彼女の想いは、天空に翼をはばたかせ、口づけをする唇と唇のように触れ合うのだった。

◆この人生でなすべきことは、もう多くない。あとひとつ残っているだけ。死ぬこと、それも見事に死ぬことだけ。



断頭台の上に立つ王妃マリー
断頭台の上に立つ王妃マリー
最後まで取り乱すことなく、毅然と目をみひらいていたという


この著作によって、ツヴァイクは、云われなき中傷の泥沼に突き落とされて忘却の淵に沈みゆくマリー・アントワネットの名誉の復権を成し遂げた。
そして、故意に隠蔽されてしまった、最後の騎士道に殉じたフェルゼン伯爵の愛を、崇高なまでに高めた。

ツヴァイクはあたかも第二のフェルゼンとなってペンを執り、マリー・アントワネットの最後の審判のための忠実な弁護人として、地上からの公正な調書をしたためた。

そのことによって、この世界に「高貴なる意思は最終的に勝利を収める」という希望を与えてくれた。
これがこの本の読後感である。




♥今日も最後まで読んでくれてありがとう♥
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ベルサイユに咲いたこの方たちのステキなボディーケアグッズ、
もらっちゃいますた♪

※ツヴァイク「マリー・アントワネット」上巻の感想
http://yonipo.blog13.fc2.com/blog-entry-1452.html


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プロフィール

MIUMIU 美雨

Author:MIUMIU 美雨
旅、歴史、長編ドラマ(短編も)のレビューやエッセイを書いています。
文化系の記事が多いですが、歴史ドラマ(大河ドラマ:八重の桜)や、韓ドラレビューも書きます。中でもソン・イルグクさんの作品が大好きです。
更新はマイペースで続けていきますのでどうぞよろしくお願い致します。

過去記事は画面右上の検索フォームか左下のカテゴリー、早見表で探して下さい。

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善徳女王
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