美雨の部屋へようこそ

世界の旅日記や 文化、歴史のぷち・エッセイを書いています。他にも海外、国内のお気に入りのドラマのあらすじ&感想を勝手気ままに綴っています。

Entries

古代ギリシャ・ローマの結婚式

人気ブログランキングへ
人気ブログランキングへ

古代ギリシャ・ローマの結婚式


シチリアで買った現地ガイドブックのイラストと自分の撮影写真より
※出典「アグリジェント 神殿の谷」infosicilia社


古代の結婚式
古代ギリシャ人の結婚式



なんとも楽しい絵ですね。
エフェソスで買ったガイドブックもこんな素朴なタッチの絵が描かれていたのを思い出しましたが、最初、新郎と新婦がどこにいるのかとずいぶん探してしまいました。そうしたら、自分でロバをひいていたんですね。

さて
遺跡群が立つ丘の上には、主神ゼウスの姉で正妻、結婚と家庭の守護神ヘラに捧げた神殿が建っています。
紀元前450年頃の遺跡で、規模は約40m×20m、正面6本、側面13本の円柱が並び、均整のとれたギリシャ古典建築です。

パルテノン神殿にも似て、美しいですね。
でも近くに行くとちょっとがっかりですが・・・・

現代でも、パルテノン神殿は建築工学をやるものにとって神様のような存在だそうです。
特にル・コルビジェ(近代建築の神様みたいな人)も絶賛したといわれるそのプロポーションは黄金比によって構成されている、と知りました。
「それはファサードの横:縦が8:5 1:1+√5で構成されている」 「何回もコンパスを使って、描いた」と。
実は相方の言ですが。




アクロポリス




エジプトのピラミッド、古代ローマの凱旋門の高さと底辺の構成も同じで、 人間が自然界にある秩序を図形化した場合、長方形から、短辺を共通にする正方形を取り去って、残った長方形が元の長方形と相似となる長方形の縦横比率が自然界に存在する調和の比を意識したものなので、誰か見ても美しいと感じるそうです。

そういえば、ミロのヴィーナスの足からヘソ:身長が黄金比ですよね。

ギリシャの彫刻や建築は本当に素晴らしいですよね。
けれどヨーロッパ建築の全ての基本と言われるギリシャ建築も、その土台はエジプト文明から受け継いだと知り、歴史の計り知れない奥深さを感じました。
難しい建築の専門知識はないのですが、なるほど見た目やバランスの美しさには黄金比率がツボだったんですね。ちゃんと科学的に根拠があるのを、古代の人は既に知っていたなんて・・・本当に凄いです。
私たちのよく知っているエンタシス構造など、力学上だけでなく見た目にも配慮した古代人の英知には、本当に高いポーテンシャルを感じます。




ポリス丘の神殿



さて、結婚式のテーマが、建築のほうに脱線してしまったので、本題に戻します(笑)

市民が結婚する時には、ヘラ神殿に人々が集まって、厳粛な挙式が行われていました。皆、新調の服を着て列席する習わしで、当時は婚姻登録制度はなかったので、参列者が新たな夫婦の証人となったのだそうです。それぞれの家族は結納金や持参金に当たる贈り物も披露します。
まず、聖なる河で沐浴をして身体を清めて、生贄の子羊を捧げます。そして、司祭が新郎&新婦の右手をとって重ね、夫婦の誓いをします。これが契りのシンボルとしての儀式です。今のような唇のキスはなく、純情で慎ましかったのですね。

興味深かったのはクミン(馬ぜりの種子)シードを新郎新婦に持たせることです。
いまでいうライスシャワーの原型でしょうか。
確かに、旧約聖書、新約聖書などのなかにも、クミンのことは書かれています。 千夜一夜物語にも、おいしいクミン料理に舌鼓をうつ話が出ているし、古代ギリシャでは食欲のシンボルとなり、 中世ヨーロッパでは恋人の心がわりをふせぐものとして、戦場に行く若者に持たせたり、 結婚式の日に花嫁や花婿のポケットに忍ばせるなどという習慣があったといいます。
いまではカレーの香辛料としてかかせないクミンが、こんなふうに活躍していたなんて、意外な驚きです。
クミンはアルデヒドやピネン等芳香成分を含有し、健胃・消化促進・解毒・駆風などの作用があるので珍重されていたのかもしれないですね。




Roman Marriage
古代ローマ人の結婚式



さらに、儀式では新郎が新婦の「ヘラクレスの結び目」と云われる帯を固く結ぶのですが、これは新婦が懐妊してお腹が大きくなった時に、皆の前で夫が解き、感謝のしるしと安産を祈願して、ヘラ神殿に捧げたということです。
「ヘラクレスの結び目」・・・この響き、 なんか、犬印妊婦帯のようですね。(笑)
イヌの日に、安産と母子の健康を祝って巻く、いぬ帯です。
古今東西、ひとは皆、大自然の目に見えない大いなる力に崇敬の念を持ち、縁起をかつぎ、短くて長い生を懸命に生きる生き物なんですね。

次に衣装と縁起かつぎ。
裾が長く白いチュニックとベールは現代のウェディングドレスの原型で、繁栄と多産を願って麦や穀物を投げるのは、ライスシャワーに受け継がれています。指輪を薬指にはめるのは、身体に活力が入る指と考えられていたとあります。考えてみると、西洋の結婚式の起源は、古代ギリシャに求められるのかもしれません。
歌や音楽を伴った祝宴が催されて、賑やかな宴が終わると、荷台付き馬車に乗って二人は新居に向います。到着すると荷車を燃やす習慣があり、これは戻り道に使うことは離婚を暗示するので、縁起が悪いという解釈です。やはり禁忌事もあったのですね。

乗り入れた馬車(輿)を戻してはいけない、という習慣は日本でも中国地方の古い地域でも伝わっているようです。
寅さんの映画で、ゴクミちゃんが花嫁役のとき、モトカレ(寅さんの甥のミツオ君)がやってきて進む道を阻んでしまい、来た道を戻る結果となり、新郎側から「この結婚は不吉だ!」と言い渡され、破談になってしまったんです。あくまでドラマだと思ってわらってみていましたが、古い時代ではありえたことかもしれませんね。

神話では、ゼウスの女癖の悪さから、ヘラとはしばしば夫婦喧嘩をしていますが、結婚後は、夫の不実に悩む妻たちが参拝しては、苦しみを訴え、家庭安泰のための祈願をしていたとのことです。
全能の神と女神でさえも、夫婦としては生々しい人間の感情そのものを備えていて、多神教である古代ギリシャの神々には、なんとなく親しみを感じさせられます。

人間が神に祈るのは当たり前だけれど、神々ですら何かにすがっていたなんて・・気の毒に思うのは不遜でしょうか。
女神の頂点に立つ、ゼウスの正妃ヘラ。その女神ヘラが夫の浮気止め祈願をした願掛け神ってどんな神様なんだろう??と悩んでしまう美雨でした。



美雨



神殿004 (2)
❤最後まで読んでくれてありがとう❤


★このランキングに参加しています。いらしたついでに押して下さると嬉しいです★
にほんブログ村 歴史ブログ 世界史へ人気ブログランキングへ
(>ω<) 3ポチに感謝デス♪




吉村作治教授の考古学見地から再現された 美味しい古代エジプトビール

各、20本入り。 ホワイトDayに一寸おしゃれな大人ビールはいかが

こちらは6本入りです。



世界最安値保証の海外旅行はこちら
  ↓
副収入を生む格安海外旅行パッケージ




*CommentList

耀きのアムール その2 シソーエフ「森のなかまたち」


人気ブログランキングへ

ロシア沿海州・耀きのアムール その2 シソーエフ「森のなかまたち」

何かとロシアつながりで話題の米国大統領トランプ氏。彼は嫌いではないけれど、環境問題でも「温暖化のデータは嘘だ!まずは産業優先だ!」等の暴言で物議を醸しており、海流の流れで気温上昇をくい止めるにもこれまでが限界、という危機的状況に直面している人類、”温暖化、いつ とめる?今でしょ?”を痛感してほしいと願ってやみません。温暖化を遅らせる鍵は、唯一森林を増やすこと、ないしは護ることにあります。そんな昨今のクライシスなテーマもかんがみ、手つかずの広大なシベリアの森林地帯・アムールに暮らす動物たちの生態を描いた、素敵な物語を紹介したいと思います。

耀きのアムール その1http://yonipo.blog13.fc2.com/blog-entry-1429.html
リコー社会環境シンポジウムのパンフからお借りしました


日本海を隔てて北海道と隣り合う、極東ロシアのプリモルスキー州。

プリモルスキーとは「沿海地、海岸地」を意味することから、日本では沿海州と呼ばれることが多い。
東南に日本海に面し、アムール川を北限とし、ウスリー川を西限とする。北はロシア領のハバロフスク地方で、西に中国、南に北朝鮮と国境を接する。東は日本海を挟んでサハリン州(樺太・千島列島・歯舞群島・色丹島)がある。また中部ウラジオストクから北の中国との国境にはハンカ湖(興凱湖)がある。日本海沿岸にはシホテアリニ山脈がそびえ、豊かな自然が残っており世界遺産に登録されている。
極東ロシアの町ウラジオストックを中心に、200万人あまりが住むこのプリモルスキー州は、16万5,000平方キロ、北海道の倍近い面積を誇り、そのうちの実に7割以上を森林が占めるという。森林地帯は沿海地方の74%を占め、ここには狼、虎、熊なども生息している。


アムール流域 黄色い線はアムール川
アムール流域黄色い線はアムール川


民族的にはどうだろう。
現在プリモルスキー州にはロシア人をはじめとするスラブ民族が最も多いが、近年隣接する中国から流入した漢民族が顕著に増加しているようだ。元来は先住民族であるウデヘ人、ナナイ人、ウルチ人などのツングース系民族の居住地であり、清の領土だった時代から住んでいる中国人もいる。朝鮮民族(高麗人)の多くはソ連時代に日本の植民地化にあったことから敗戦と共に中央アジアに強制移住させられているが、沿海地方に帰還している家族も多いと聞く。1992年のソビエト連邦崩壊の前後からは、ロシアの森林行政に混乱が目立つようになり、その後導入された経済の自由化政策は、海外からも商社や伐採企業を沿海地方に引き寄せたという。これは、 アムール(シベリア)トラの密猟が急増した時期にも一致している。
森林行政の混乱と同時に地域の貧困も違法伐採の横行を生み、伐採された森では乾燥化が進み、大規模な森林火災が発生して森の減少に拍車をかけている。

ロシア沿海地方では今、森林の自然と、野生生物、そして森で長い間暮らしてきた先住民の人たちの暮らしが脅かされているという。


アムールシマリス
アムールシマリス

アムールの保護を訴えるポスター
アムールの保護を訴えるポスター
順序立てて動植物の生態系を表しているが、その連鎖を断ち切る人間の姿が。



極東ロシアの森には、数多くの野生が息づいている。

野生生物の生息環境である森が失われることは、人にとっても大切な豊かな森が失われてゆくことでもある。いま、森とそこに生きる生きものたちを守る取り組みが必要とされている。

極東ロシアのアムール地方には、広葉樹と針葉樹が交わり、四季おりおりに美しい姿を見せる豊かな森が広がっている。人や野生動物たちに、多くの恵みを与え続けてきたこの森には、その生態系の頂点に立つアムールヒョウをはじめ、シマリスやクマ、シカやイノシシなど多様な野生動物が息づいているのだ。シマリスが埋めたまつぼっくりの実から新たな木が芽生え、若木をシカが食べ、そのシカをアムールヒョウが食べる・・・こうした多様ないのちのつながりによって、森に豊かさが保たれているのである。

ヒグマとツキノワグマが暮らし、トラやヒョウがひそむアムールの森。斜面を駆け上るニホンジカ、空を舞うオオワシ、巨木に巣をかまえるシマフクロウ。日本では、ほとんど見ることができなくなってしまったコウノトリ。
この生態系の頂点に立つのが、シベリアトラとアムールヒョウであるが、2種のクマ(ヒグマ、ツキノワグマ)、トラ、そしてヒョウ。いずれも食物連鎖のトップに立つ動物を、4種も支えてきた沿海地方の森がそのたぐいまれな豊かさを、いま急激に失いつつあるという厳しい現実を見据えつつ、アムールの”森のなかまたち”を擬人的に描いた楽しい物語を紹介してみたいと思う。



森の仲間たち001表紙



主人公となる動物たちは
ヒグマ、オオカミ、イノシシ、アカシカ、トナカイ、ヘラジカ、タヌキ、キジ、リス、シマリス、クロテン、ミンク、オコジョ、イイズナ、鮭 などであるが
『森のなかまたち』は、いつも本気で生きている、いや、数々の迫害にますます大本気のサーバイバルを余儀なくされている動物たちの命の輝きと悲鳴が聞こえてくる、そんな作品である。

私の拙い表現力では、この本は単にロシア版シートン動物記と解釈する人も多いと思うが(でもシートンは、美雨も子供の時から愛読書です^^)、シートンよりヒューマニティを感じ、ロマンティックでポエティックなのは、やはりアムールならではの抒情なのかもしれない。
また、挿絵画家の森田あずみ氏の挿絵に、そのような”詩”がある気がする。
俗っぽい表現かもしれないが、シートンが快活なジャズギターの響きなら、シソーエフのそれはどこか物悲しいバラライカの響きとでもいうのだろうか。私はバラライカの響きが好きだ。


ロシアの民族楽器、バラライカ演奏(BGMにどうぞ^^)
http://www.youtube.com/watch?v=Ln9MdfsZfDw&feature=related
こんな楽しいバラライカも
https://www.youtube.com/watch?v=JjdDq0IqBDc&index=3&list=RDbWh3aAodUJk
http://www.youtube.com/watch?v=bWh3aAodUJk&feature=related



イイズナ オコジョに似ているがすこし大きい。イタチ科
イイズナ オコジョより少し大きい



上に挙げたように、16種の動物たちが各主人公を演じる『森のなかまたち』、私の最も好きな章はイノシシ(アムール猪ザーヴォロチェニ:はねっ返りの意)、灰色(オオカミ)、ちび助の航海(イイズナ)であるが、とりわけお気に入りのイイズナの冒険物語を少し記してみたい。

イイズナという動物は、日本人には馴染みが薄いかもしれない。じっさい、私もエゾオコジョかイタチの小さいの位に思っていた。イイズナは、オコジョより大きくて、イタチより小さく、季節によって毛皮の色を変える夜行性の小動物で、北海道にも分布しているという。可愛い顔に似合わず狩上手で、ネズミや野ウサギをたちどころに捕らえてはがつがつと食べるハンターだ。

普段海から遠いアムール・タイガの森に住んでいるイイズナが、夏の暴風雨で家ごと濁流にのまれ、大河を下って大海に出、違う大陸へとサーバイバルな冒険へとかりだされる「ちび助の航海」は、とても気になる章だ。
こんな小さい生き物が何万キロという旅をし、島か、新大陸か)の住民となり、逞しく新境地を開いていくというスケールの大きい物語だからだ。いや、物語ではないと思う。実際こうして生き延びた種が、サハリンやオホーツクの島々に流れ着き、北海道でもその姿を留めているのは、ほかでもない、シソーエフ博士の物語がドキュメンタリーでありノン・フィクションであるということをつくづく偲ばせるのだ。



『森の仲間達』ちび助の航海より ポプラ流木のうろに隠れているイイズナ
森の仲間たち005 ちび助の航海 ポプラ流木のうろに隠れるイイズナ



ちなみにイイズナの棲み家は、森のほとりに横たわるポプラ大木の”うろ”であったが、急流から谷間の澪へ、そしていつしか大海で揺られる流木となり、生死を賭けた”船旅”で冒険するイイズナの姿は、まさしく「ちび助の大航海」である。
もちろん旅の途中で溺死もしくは衰弱死してしまうイイズナのほうが圧倒的に多いのは想像に難くない。だが、ちび助は、ポプラに棲息したあらゆる甲虫やアリを食べ、たまたま流木に飛んできたカゲロウを食べ、流木で休息をとった渡り鳥オグロシギにとびかかり、三日分の食事にありつき空腹を満たしつつ、最後の難関サバイバルであるオホーツク海の嵐と対峙する。
うろは海水で溢れ、もはや絶体絶命のイイズナが、頭を水に濡らし、体が動かなくなったとき、大粒の砂利の上に打ち上げられたポプラのうろから水が溢れ出て、その後、”半死半生の乗客”は、何週間かぶりに外へ抜け出た。
そうとも、チビ助は初航海の冒険に勝ち、空腹と渇えに勝ち、嵐に勝ち、新たな大陸に立ったのだ。

ちなみに美雨はこのイイズナのちび助が辿りついた別天地は、当然のことながら樺太(サハリン)島ではないかと確信している。

島の気象学者の薪小屋を新しいすみかに決めたイイズナを目にした無線技士は驚いて「おい、みんな!イイズナがすみついたぜ!」と叫ぶ。
普段は遠い測候所に住んでいるイイズナがどうやって山がちな島に現れたのか知る者はいない。
シソーエフ『森のなかまたち』のイイズナの章のラストはこう綴られている。


森の仲間たち002 アムールタヌキ ヤーシカ珍道中
アムールタヌキの章 ”ヤーシカ珍道中”


『森のなかまたち』では、森の四足、二足のなかまだけでなく、ヒレをもつ生き物までが人間の如く生き生きとドラマティックに描かれている。アムール鮭までが(銀ちゃんの一生)それぞれ固有名詞で名を持ち、愛称から文脈の小さなフレーズにまで、シソーエフ博士の愛を感じてならない。

そこで最後に、作者のシソーエフ氏についての紹介をして、アムール記事1.2の結びとしたいと思う。

あとがきからの総括であるが、これだけでも、氏の人となりや生きざま、そして思想までを読みとれると思うので、抜粋したい。

訳者岡田和也氏あとがき
1997年にロシア文化基金ハバロフスク支部から発行された『シソーエフ フセーヴォロド・ベトローヴィチ/博物学者 作家』という小冊子には、次のように記されています。「人生の晩年を迎えて、私には、自由、安らぎ、自然との触れ合いの他、贅沢も、富も、名誉も要りません」「人間と自然の闘いにおいて恐ろしいのは、人間による動植物界の絶滅ではなく、自然の汚染、自然の調和と均衡の破壊、気候の変動です。技術は進歩しているものの、人間は改善されておらず、道徳は向上していません。」「自然の中には、私は、攻撃、ヒエラルキー、カンニバリズム、生存のための闘争を見て取ります。それは、もっともなことなのです。けれども、人間は、もしも生き存えたいのなら、それらの本能を自分の内に収めなくてはなりません」「すべての熱中や愛着の対象のうち、私に残ったのは、自然観照への愛、庭仕事の愉しみです。今は動物よりも植物に心惹かれます。植物は、動物や人間よりも早く地上に現れました。自然は、妙なる美しさと友愛の心をそれらに授けました。私たちは、植物の感覚についてほんの僅かなことしか知りません。けれども、草木に囲まれていると、私は、いつも心が安らぐのです。」


シソーエフのおじさん
ハバロフスク支局からのプレゼントとなる著書『ツキノワグマ物語』を手にした
ハバロ在住の著者フセーヴォロド・シソーエフ氏



ひいきめではないが、『森のなかまたち』はシートン以来、動物ものの本というイメージを突き破って、大人の自分にも新境地を開いてくれた素敵な作品であった。『森のなかまたち』の古典ともいえる『ツキノワグマ物語』も是非とも読んでみたいと思っているが、スターウォーズのEpisodesやサケの銀ちゃんの回流よろしく、遡及してゆく読み方も案外”おつ”かもしれない、と考えている。

上にも記したが、『森のなかまたち』はオムニバスドラマ形式のドラマみたいに、ヴィジュアルに迫ってくる各動物ごと各話完結の物語で、読みやすく、飽きない。
というより、知っているようで知らなかった動物の生態だけでなく、アムールの森独特の生態環境や動物たちの気持ちが伝わってくるのは、作者のシソーエフが探検家、狩猟学者、地理学者等幅広い専門分野と経験、知識を経た立場からこそ描ける、動物の視点で伝えている点。
物語といっても、中途半端なメランコリックさはなく、戦いや、冒険や、ときとして絶望、死に対峙する真剣勝負な彼らの生きざまが吐息レベルで伝わってくる、そんな作品に思う。
その中にも、愛があり、優しさとドラマを感じるのは、シソーエフならではのアムールに暮らす森の仲間達へのアムール:”愛”によるものかもしれない。



美雨



最後まで読んでくれてありがとネ!
アムール虎
数が減少している貴重なアムール虎より

pocchiしてネ切手!?
"pocchiしてネ切手!?"より



★このランキングに参加しています。更新の励みになるので押して下さると嬉しいです★
にほんブログ村 歴史ブログ 世界史へ人気ブログランキングへ
(>ω<)3ポチに感謝デス♪







コメントをいただいたブロ友の皆さま
素晴らしいコメント、優しいコメント、心にひびくコメントを本当にありがとうございます。
花粉症がピークで、点鼻薬と飲み薬を処方してもらいましたが、副作用か気管支炎ぜんそくが出てしまいました
春一番が吹いてから、鼻はかみっぱなし、詰まりっぱなし、咳とヒューヒューが非常に苦しいです。
コメント返しが遅れてしまい、本当に申し訳なく思います。<(_ _)>

今回は、皆さんのブログに回りながら、コメ返しにご挨拶などさせていただきたいと思います。
はやく治すよう、がんばります。<(_ _)>ペコリン


美雨



*CommentList

エジプト考古学博物館 ツタンカーメンの棺に込めた王妃のメッセージ


人気ブログランキングへ

エジプト考古学博物館 ミイラは語る 
   ~矢車草にこめた王妃アンケセナーメンのメッセージ~



前回の記事、「古代エジプトビール再現」で、意外な反響がありましたので(御礼)、エジプトといえばツタンカーメン、日本でも人気のファラオ・ツタンカーメン王について、おさらいしてみたいと思います。^^
 近年エジプトでは テロがあったりクーデターがあったりで、博物館の一部が破壊され、国宝が持ち出されるという異例の事態があったものの、やはりツタンカーメンの脇待とアヌビスは帰ってきましたね!この悲劇の若い王様は、死してこそ永遠の魔力を得たのか、暴漢も泥棒もお手上げだったようです。
ということで、駆け足ですが、エジプト考古学博物館の至宝ツタンカーメンのミイラと謎について綴ってみます。


最内奥の棺



エジプト、カイロ。
タフリール広場にほど近いカイロの中心街に、考古学博物館はあります。
大英博物館やメトロポリタンミュージアムと並んで、ミイラや王棺、金細工の副葬品、王と王妃の座像やレリーフ等、煌びやかなエジプト4千年の歴史的文化遺産の宝物が15万点以上収蔵されている世界有数の博物館です。

そのなかでも、近代になって発掘された副葬品が最もきれいに残っている、現代考古学史上もっとも有名な王であるツタンカーメン王の副葬品。ツタンカーメンのブースは博物館の目玉で、一番奥というか、それこそ観光客はぐるぐる回ってやっとたどりつけるような場所にあります。


カイロ考古学博物館



17才という若さで世を去った彼は、権力も乏しく、また父王アクテンアテンの代に大きな宗教改革があったため、神官と王家の間の権力をめぐる政争に巻き込まれ、悲壮な死を遂げた薄命な王として知られています。
 当初彼はツタンカーテン(Tut-Ank-Aten)と名づけられ、父の端名(Akten-Aten)のAtenを継ぎましたが、父の代に祀られたアテン神を信仰することを許されず、アモン神を信仰し直すべく、ツタンカーメン(Tut-Ank-Amon)と改名されたのでした。古代エジプト文字は母音がないために、phonetic(表音文字的)な発音は正確には解らないのですが(ツタンカーメンをトゥトゥ・アンク・アモンと発音する場合もあります)、神様の名前を語尾につけていたところなど、神と一体になろうとする王権の象徴と共に政教一体であった古代のポリシーを強く感じます。



ツタンカーメン 黄金のマスク



宗教的な事情が大きいでしょうが、短い治世中に盤石な王権を確立出来なかったため、ツタンカーメンは次代の権力者達にも異端視されていたらしく、事実、王名表からも名前が消され長く人々の記憶から忘れられていたので、それが幸いして盗掘を免れ後世発見されるに至ったという、歴史の悪戯がなんとも皮肉です。
こんな歴史にさえ消し去られた弱小の王ツタンカーメンですが、彼の財宝は驚くなかれアメリカ国家予算の1年分に匹敵するといいますから、ファラオの中のファラオと謳われ80年以上生きた強大なラムセス2世の副葬品と財宝はいかばかりであったろう・・・なんて、とてつもない想像をしてみたりしました。



王の黄金のサンダル
王の黄金のサンダル



さて、ざっと歴史的な背景を書いたので、今回のテーマである、ミイラに添えられた王妃からのメッセージにふれていきたいと思います。
 彼の妻で王妃のアンケセナメン(An-ks-Amon:アナクスアモンとも発音)は、あねさん女房でツタンカーメンの血縁でもありました。ふたりはとても深く愛し合っていて、若い王の体に香油を塗ってやる王妃の姿が、彼の副葬品の座椅子にも描かれています。若いふたりの間に子供も出来ましたが、生まれる前に死んでしまったとみえ、小さな二つのカノプス(骨壷)が、ツタンカーメンの棺と共に安置されていました。けれどその死因は、ツタンカーメンの死因と共に闇の中に葬られてしまっています。



ツタンカーメンに香油を塗る王妃
ツタンカーメンに香油を塗る王妃
スリッパーを片方ずつ履いている仲睦まじさが話題に



そんな、20世紀最大の謎と言われたツタンカーメンの、意外な死の真相が、2010年2月に発表されました。
そのとき記録した記事です。下記 

米医学誌「ジャーナル・オブ・ジ・アメリカン・メディカル・アソシエーション」によるとエジプト考古学チームによるDNA鑑定やコンピューター断層撮影装置の調査で エジプト新王国第18王朝ツタンカーメン王は 骨折にマラリアが重なって死亡した可能性が高いことがわかった(2/17日付)

DNA鑑定などの科学的なメスを入れたらこういう結果が出てしまったけれど、考古学者や歴史学者のなかには、大変信憑性のあるデータを土台に異説を唱える人は結構います。
 門外漢の意見ではあるけど、たしかに、血液の中にマラリヤの菌が発見されたら即病死で本当にいいのだろうか?と疑問に思う人は少なくないでしょう。事実、タイムスリップしてその場に居合わせなければ本当のことはわかりません。左ひざに重度の骨折を負っていることが判明し、しかも骨折の翌日亡くなっているとのこと。
狩などで使われる二輪馬車での転落事故ではないかということだけど、何といっても3500年前の遺体ですよね?骨折の状態を見ただけで、前日怪我をしたものと断定できるのでしょうか。まあ、骨折が直接の死因ではなく傷から菌が入って感染し、合併症により亡くなったという仮説ではありますが。
現代人の解剖をしている訳ではないから、あれだけ古い遺体に確証をを問えるのかどうかも疑問です。



ツタンカーメンのミイラ頭部
ツタンカーメンのミイラ頭部
ツタンカーメンの顔復元図 ロイターより
ツタンカーメンの顔復元図 ロイターより



今から書く事柄は今となっては歴史上のタブーになってしまうかもしれませんが、私はこれまで吉村作治先生が唱えてきた毒殺説に強く感じるものがありました。新説のように科学者が検証したんだから真実だと思いがちですがツタンカーメンの生きた時代背景を考えると、暗殺されないほうが不思議ともいえる人物なので、なんとも腑に落ちない結果です。というか、馬車にだってどう細工がしてあったか・・・とまで考えてしまいます。

 そんなふうに思うのは、在位期間が短い王は他にもいるのに、彼だけが新王国第18王朝のリストから(しかも同世代の権力者によって!)消されてしまった、あまりにも謎の多い王だからかもしれません。いわばエジプト新王国の封印とも言える出来事が必ずやあったはずだと吉村先生は考えています。
ふたつの胎児のカノプス(骨壷)も不思議ですが、王妃アンケセナメンはそのあと、王座を狙っていた王族で将軍のアイに嫁がされてしまいます。悲劇は彼女にも及び、ツタンカーメンの父が始めた宗教改革により神官とファラオの激しい闘争となったことから、王妃の死後神官が彼女の墓を徹底的に破壊したことも知られています。KV63とナンバリングされた、(kings valley 63)アンケセナメンの墓には二人の子供のミイラと、ツタンカーメンの父の顔が削りおとされているのも発見されました。神官が彼女の墓を徹底的に破壊し、ミイラは運び去られました。無残な神官により生きていても地獄を味わった彼女はあの世での復活さえ妨げられたのです。 
それほどに、ツタンカーメンは呪われた一族であったのでしょう。これは単に人間の悲劇というより、政治的な陰謀による、王朝の封印ではないか、と考えたほうが説得力があります。




内臓を入れたカノプス
内臓を入れたカノプス

中間の棺
三重になっていた中間の棺



吉村作治先生のドクトリン(学説)によると、ツタンカーメンは、大権力者であった王族の将軍アイと大神官ホレムヘブの共謀により、毒殺されたのではと提唱がされています。
 ツタンカーメンの棺には、矢車菊の花束が添えられており、副葬品の管理は妻である王妃・アンケセナメンが行っていました。
エジプトでは、矢車菊は5月に開花し、二か月のミイラ作業を考慮に入れると、ツタンカーメンが亡くなったのは、3月と推測されます。
そして3月には、その年に最初にできたワインを神々に捧げる神事があり、その儀式でファラオが飲むワインは、毒味係さえ口をつけられず、王が最初に口をつける習わしとなっていました。
王を毒殺するのに、こんな絶好のチャンスはありません。不思議なことに、その儀式のワイン壷は通常壊されるそうですが、副葬品に紛れ込んでいたというのです。勿論、妻のアンケセナメンの選定というか意図なしに夫の墓に運び込めるわけがありません。アンケセナメンは、矢車菊を添えることで夫の死んだ月を、そしてこの特殊なワイン壺を秘密裏に墓に封印したことでその死因:ツタンカカーメンが毒殺されたという事実を、後世に伝えたかったのではないかと説いています。

 権力と政争に翻弄され、二人のわが子と愛する夫を失ったアンケセナメン。そんな目にあっても泣き寝入りするしかない夫とわが身を恨んで、せめて神の国に入る前に、暗殺者達の陰謀を神と後世の人々にメッセージとして残したアンケセナメンの、ヤグルマ菊に託した彼女の気持ちを思うと、単に事故(骨折)死、病死と侮れない何かがそこにある気がするのは、タブーなことでしょうか。



ヤグルマギク
ヤグルマギク



さて、カイロの考古学博物館に話を戻しますが、広い館内にオイルサーディンの缶詰みたいにぎっしり詰まった収蔵品(?笑)、どれも貴重な逸品であることには違いないのですが、あまりの数の多さと重たい空気に、ツタンカーメンの副葬品ギャラリーに辿りつく前に疲れてしまう観光客が結構多いです。
意外かもしれませんが、ツタンカーメン自身というか彼のミイラは、なんと博物館ではなく、発見された王家の谷の自分の墓に眠っています。カイロ博物館にあるのは、棺と副葬品ばかりです。ツタンカーメンのブースは(先ほども書きましたが)観光客がぐるぐる回ってやっとたどりつけるような場所にあり、その途中に、エジプトで同じくらい有名人のラムセス2世の遺体というかミイラが見れたりするのですが、”ひと”として見ると静かに墓で眠れないのは"王"としてより"人間"として哀れだな、と思わざるをえません。(;_;)

三千数百年という眠りを破られ、墓は暴かれたけど、ツタンカーメンはちゃんと元の墓で眠れて、他の王達より少しだけしあわせだと思います。彼の棺の上には、タール状になった3500年前のヤグルマ菊がいまも添えられています。




美雨




❤最後まで読んでくれてありがとう❤
ピラミッドのまえでラクダと
カイロ市街どこからも見えるピラミッド



★このランキングに参加しています。更新の励みになるので押して下さると嬉しいです★
(>ω<)ポチに感謝デス♪
にほんブログ村 歴史ブログ 世界史へ人気ブログランキングへ


吉村作治教授の考古学見地から長い苦難のときを経て再現された 美味しい古代エジプトビール

各、20本入りです バレンタインorホワイトDayに一寸おしゃれな大人ビールはいかがでしょう

こちらは6本入りです。



世界最安値保証の海外旅行はこちら
  ↓
副収入を生む格安海外旅行パッケージ


*CommentList

古代エジプトのビール再現  吉村作治教授と「ナイル物語」


人気ブログランキングへ


古代エジプトのビール再現  吉村作治教授と「ナイル物語」


Ancient Egypt Enjoyed Beer With Bub
ビールを飲む貴婦人  エジプト壁画より



ビールに始まりビールで〆る!
「とりあえずビール!」のために日々頑張っています!

アフターファイブの飲食街でのインタビュー、聞かれる声は殆どこう。
それほどまでに、日本でも愛されているビール。
そして、世界のアルコール飲料のシェアのなかでもダントツトップのビール。

今日は、そんな愛すべきビールの歴史と、ビール発祥の地に先祖帰り(?)した、古代エジプトの再現ビールを紹介したいと思います。といっても、古代の原料を使いながら、より美味しく進化した、現代と古代の融合した、幻のビールのお話です。




酒と普段の飲み物についての文献




では、本題の前に、ビールの歴史などを少し。

その歴史は古く、既にメソポタミア文明のシュメール人により、ビールの先駆けのような 大麦を使った発酵飲料が作られていたと言われ、紀元前3000年頃に古代エジプトにビールの製法が確立したようです。
 これらの古代オリエントのビールは、麦芽を乾燥させて粉末にしたものを、水で練って(dough)焼き、一種のパンにしてからこれを水に浸してふやかし、麦芽の酵素で糖化を進行させてアルコール発酵させたものでした。大麦はそのままでは小麦のように製粉することは難しいけれど、いったん麦芽にしてから乾燥させると砕けやすくなり、また消化もよくなる ―― つまり、ビールは元来製粉が難しくて消化のよくない大麦を消化のよい麦芽パンにする技術から派生して誕生したものと考えられています。

穀類を豊富に産したメソポタミアやエジプトでは、こうした背景を持つビールはパンから派生した、食物に非常に近い日常飲料であったんですね。実際、古代エジプトのパピルス文書には、王墓建設の職人たちへの配給食糧として、ビールが記録されています。焼いてから時間のたった固いパンを液体でふやかすという発想は、ヨーロッパのスープの原型となっており、ふやかしたパンの料理という共通系譜上の食物といえます。
英語で、乾杯を”drink a toast”というのも、このあたりから来ているのでしょうね。

米から酒ができたように、オリエント世界では主食のパンを作る工程からビールが生まれたんですね。



今回、古代エジプトビール再現のヒントとなったニアンククヌムとクヌムヘテプの墓の壁画
写真:ニアンククヌムとクヌムヘテプの墓の壁画    壁画のトレース
                               壁画のトレース        



       吉村作治教授が”古代エジプトビールを再現”

さて、本題ですが、エジプト考古学者の権威である吉村作治教授が、ある企業との共同研究において、壁画をもとにあらゆる考古学的分析を駆使し、”古代エジプトビール”を再現することに成功しました。
しかしながら、そこに至るまでは数々の紆余曲折がありました。

ピラミッドの建設法を解明するためにミニピラミッドを再現するなど、「実験考古学」という分野で、古代エジプトの文物の製作・復元をいくつもやってきた吉村先生も、古代エジプトビールだけはどうしてもうまくできなかったという。

 世に言う古代ビールの復元は、ギリシャ人が古代エジプト人から教わったと称して伝えられたものが唯一の手引き書で、上に書いたようなパン作りの行程です。けれど、できあがったビールと称する液体を飲むと、とても酸っぱくて、そのまま飲めたものではない。古代エジプト人は酸っぱくても我慢して飲んでいたのだろうとか、ハチミツとかデーツの果汁を混ぜて飲んでいたのだろうなどと言われていたのです。

 そんな時、ある醸造メーカーから、古代エジプトのビールを本格的に復元したいので協力してもらえないかとの依頼が来て、研究員や大学院生を動員し、早稲田大学の図書館の本や報告書を片っ端からひっくり返していろいろと調べた結果、どうも今まで言われていた製法は違うのではないかということになりました。そのきっかけとなった1枚の壁画は、サッカラにあるニアンククヌムとクヌムヘテプという兄弟の墓にありました。吉村先生が見立てたその壁画が(写真参照)今までギリシャ時代からずっと提示されてきたビール造りの壁画と違う、という決定的なヒントを生み出したのです。



吉村作治先生著 ファラオの食卓より
"吉村作治先生著 ファラオの食卓より




吉村作治教授と研究チームは、その壁画をもとに、 コモンパスという世界の醸造酒の標準工程表を作ってから、博物館にある道具類を参考にビール造りに必要な道具をエジプトですべて作り、日本に運び実験を繰り返し、それでも約1年後にできあがった古代エジプト時代のビールの味は、まるで白ワインのようなもので、現代のホップの効いたほろ苦いビールからはとても予想できないものだったそうです。
吉村先生は、やはりきちんと理論を作ってやらなければ、古代には戻れないということを反省したといいます。

そして、もうひとつ・・・大きな課題がありました。
それは、古代ビールの原料である、麦でした。吉村先生は、古代エジプトで“ビール醸造に使われていた麦が”エンマー小麦”であることを明らかにしていましたが、古代種のエンマー小麦は世界のどこでもほとんど栽培されていないことが、古代エジプトビール再現を不可能にしていました。

ところが、なんと、日本国内にそれがあったのです。
場所は京都大学の大学院、農学栽培植物起源研究室で、1893年に創設されたこの研究室が、世界中から収集した小麦種子一万系統を、更新保存しており、エンマー小麦はエチオピアでの収集以来 40年のときを経て,日本で日の目を見ることとなりました。
こうして、技術と研究、原料確保という長い苦難と試行錯誤の結果、エンマー小麦を使用した古代エジプトビールが現代によみがえったのでした。




ファラオの食卓    敬愛する吉村先生、どうぞご壮健で!!




ビールの種類 (黄桜酒造HPより)

(右)WHITE NILE  
古代エジプトのエンマー小麦を使ったホワイトナイル。
紀元前8000年頃より、古代エジプトで栽培されるようになった「エンマー小麦」を植物遺伝学で甦らせ、麦芽とともに京都の名水「伏水」で仕込んだビール。

(中央)RUBY NILE
赤胴色のハイアルコールビール、ブルーナイル。
1920年代まで栽培されていましたが、その後詳細が分からなかった謎の小麦 「ピラミダーレ」を植物遺伝学で甦らせ、麦芽(カラメル 麦芽を含む)とともに醸造したまろやかな味と濃厚なフレーバービール。

(左)BLUE NILE
ドュラム小麦使ったさわやか発泡酒ブルーナイル。
紀元前1000年ごろから古代エジプトで栽培されるようになった「デュラム小麦」(エンマー小麦の近縁種)と麦芽を主原料に使用し、「ゆず」と、地中海東部原産で世界各地で香辛料として使われている「コリアンダー」を副原料とした発泡酒。






        <ナイル物語シリーズ> 

           ナイル物語のビールたち



ご覧になった皆さんは、どのナイル物語が気になりますか?

先祖還り(?)と題したからには、幻のエンマー小麦を醸造した、”きのまま”といえる「ホワイトナイル」を真っ先に賞味すべきでしょうが、麦酒下戸な美雨は、日本人好みの”ゆず”を副原料にした「ブルーナイル」と、大好きなワインカラーの カラメルの入ったまろやかそうなフレーバービール「ルビーナイル」が、気になっています。謎の小麦”ピラミダーレ”;ピラミッドっ子、なんて麦の名も、オリエンターレではないですか。(笑)
でも、アルコール度は一番高そうですね・・・う~mm、迷います。


ビール通の知人は、実際WHITE NILEを飲んでみて、 「スッキリさっぱりした飲み心地で 本当にエジプトの香りがした」と仰っていました。
 話題性だけでなく、本当に美味しいと評価され、レストランや各方面から大好評のこのビール、売上開始から三年後には、総売上げ見込み額をはるかに上回り、億を突破して「大学発食品」としては前例のない売上げ規模となったようです。黄桜酒造は販売1本につき早稲田大学と京都大学に10円ずつ納付する契約になっており、入金は順調に実施されているとか・・・ビジネスのセンスにも優れた吉村先生の手腕は舌をまくばかりです。
人類の謎を解く学術研究には莫大な資金計画と調達が必須といいます。発掘の父と謳われるシュリーマンもそうですが、ただ”古代への情熱”だけでは偉業は達成できず、優れた研究者というのは、この世知辛い昨今、優れたビジネスマンであることも肝要、という命題をつきつけられる気もいたします。

稼ぐために掘るのではなく、掘るために稼ぐ、とは、かの偉大な発掘者の言葉。

稼ぐ(働く)ために飲むのでなく、飲むために稼いでいる自分のような俗人とは大違いですね。




美雨


最後まで読んでくれてありがとう♪クルーたちも乗務後はビールで乾杯atラムセス・ヒルトン
かんぱーい!のファラオとアヌビスクルーたちも乗務後はビールで乾杯♪ラムセスホテルより
3ポチもヨロシク♪ファラオとアヌビス神より 


★このランキングに参加しています。更新の励みになるので押して下さると嬉しいです★
(>ω<)ポチに感謝デス♪
にほんブログ村 歴史ブログ 世界史へ人気ブログランキングへ


各、20本入りです





こちらは6本入りです。





世界最安値保証の海外旅行はこちら
  ↓
副収入を生む格安海外旅行パッケージ

*CommentList

がんばれ受験生! 節分によせて 禅入門 ・大森曹玄と『碧巌録』

クリックありがとうございます。ブログランキングに参加してます。


禅入門 大森曹玄と『碧巌録』


ありがたくも、大森曹玄老師のお孫様に当たる方が拙ブログを訪ねてくださった記念に揚げてみました。

大森曹玄と『碧巌録』へ奇岩録!?なんで変換できないのよこのおバカPCは!>



陽きわまりて陰、陰きわまりて陽。
こんな禅語があります。

節分を迎え、このように一年の中でいつより透き通った空気がピンと張り詰める時期は、自分の内面をみつめつつ対話をするにはもってこいのシーズンですね。
そして受験生たちは未来に向かって無我夢中で勉強し、試練に立ち向かいます。

日本って、なんでこの時期に受験があるのか・・・海外は秋なのに。不思議に思っていました。
理由はいくらでもつけられるけど、今日ふとこんなふうに考えた。
こんなに寒くて嫌でも頭が冴えてしまう冬の日々、本当の自分―自分の内なる神と対話できる妙(みょう)なる時期。、自分は何がしたいのか、自分は何を求めているのか、そしてどう進んでいくのか・・・これすなわち問答であるんですね。

内なる神との対話。これすなわち妙なり。



中央は大森曹玄老師 左から4人目が阪本牙城
中央は大森曹玄老師 左から4人目は阪本牙城




人生の転機に数年間、ある老師から公案を受け、臨済宗の某僧堂で参禅に熱中したことがありました。

いま振り返れば、それまでの私のような、座禅を組んだことも無い若輩者が、実際に剣禅の境地を学ばれた方々と共に公案を受け、禅や歎異抄を説かれる老師の知己を得るなどまことに勿体ないばかりのことでした。禅のゼの字も何もわからず問答等にも参加していた自分を思うと未だに恥ずかしい限りなのですが。

周知のように禅といえば『無門関』と『碧巌録』です。
それでこの種の書物にも関心はあったのですが、祖師の語録といわれる「無門関」とか「碧厳録」などは、到底原書で読めるものではありません。
というわけで必然的に高僧方の書かれた解説書を読むことになるのですが、それでも容易に理解できるものではなさそうです。

大森曹玄老師は、剣禅一如の境地に達したといわれる山岡鉄舟居士の流れを汲む方で、やはり剣と禅の両方の達人でした。




正法眼蔵ずいもん記




『無門関』と『碧巌録』は、禅の双璧をなす姉妹録であり、書店でも、出来ればふたつセットで読むようにも薦められたのですが、その現代意訳は、剣・禅・書に通じた大森曹玄老師のような深い禅的境涯に立った訳者のものとは遥かにイメージがかけ離れたものでした。
初心者のくせ生意気にも、できれば古典により近いもの、また詩情豊かな曹玄老師のアカデミズムに惹かれたもかもしれません。
恥ずかしながら、実は『無門関』のかわりに、『正法眼蔵随聞記』(上にアップしました。^^)を買いました。49の難解な公案を読んでもまったく理解出来ないよりは、道元が正法眼蔵のネタとして多く取り上げた『無門関』の話を、参考書としてさきに読んじゃった訳です。それでも解ったような気になっているだけで、本当に解っていないと思います。(笑)

道元の言葉はシャープで自在性があり、ときに含蓄が深すぎてさらなる参考書が必要になったりもするのですが、なんというか、独特の仏教哲学を感じます。
良寛さんが「一夜灯前 涙とまらず 湿し尽す永平古仏録」と感想を書いたのは、おそらく『道元禅師語録』をさしたのだと言われていますね。
結局のところ、正法眼蔵随聞記いわく「つべこべ言わずに座禅せよ」(只管打座)というくだりで、仏というものは言葉で伝えられない、言葉の表現をはるかに超えているということを思い知らされます。

それでも、何度も何度も繰り返し読み、薄皮はぐようにしか解らない中にも一生読み続けて、スルメみたいに味わっていくしかないのかもしれない。そうして、「悟った!」と思ったら即鼻をへし折られるのかもしれませんが。(笑)




曹玄老師の本2




曹玄老師の書かれた本の中では、「参禅入門」という本が禅の初心者が読むべき本では最高のものと聞いています。もっと早くにこうしたプリ・インフォを得ておけば、それほど回り道せずに済むものを・・・はい、たいそう回り道した美雨です。勧められてから、「参禅入門」は何度も繰り返して読みました。
只こういう本は、分かったような気になるだけでも大変で、本当にわかるのは、まず不可能に近いと思います。

しかし、それでもやはり、読む価値は大いにあると思います。
日常の些細なあれこれに振り回されている自分が、より大きなものに生かされているということを自覚できますし、我を忘れて非日常の世界に身を置かなければ体得できない真実があるという、重い命題を突きつけられます。

剣道を嗜む父や夫を見てきた者としては、山岡鉄舟先生の剣禅一如の境地の片鱗だけでも体得したいと念じていますが、おそらく一生かかっても無理でしょう。

前回、読書の日記でふれた生きるヒント・歎異抄も素晴らしいですが、浄土真宗についても思うことは多々あります。
親鸞や蓮如の時代の浄土真宗は、たしかに純粋な宗教性をもっていたと思います。
かの一休宗純でさえ、親鸞の絵を描き、「えりまきの あったかそうな黒坊主 こいつが法は 天下一なり」と絶賛しています。
一説によれば、一休は臨済宗から浄土真宗への改宗を真剣に考えたこともあると言われています。
禅は自力、念仏は他力などと言いますが、そんな単純なものではありません。一休にも親鸞にも通ずるのは、命懸けで一切のごまかしなく道を求めたという点にあります。そういう求道者たちには宗派や教義を超えて響きあうものがあったのでしょう。

しかし現代の仏教教団が、これらの祖師方の教えを本当に受け継いでいるかどうか、甚だ怪しいものだと私は思っています。
これについては語ると長くなるので、また機会を改めて・・・




大森曹玄老師の水墨画 神、善、美の三位一体をモットーとされ
大森曹玄老師の水墨画 真、善、美の三位一体をモットーとされ




さて、『碧巌録』に話を戻しますが、このような禅の原書など私たち素人には到底歯が立ちませんし、やはり高僧方の解説書を読むのが一番でしょう。
その中でも、曹玄老師は博覧強記の方であったようで、文章の才にも抜きん出た方だったと思います。老師の著書を読んでいると、解らぬながらも解ったような気分になってしまうから不思議です。
特に老師の「十牛図」の解説(「参禅入門」の中にあります)が私は好きです。

道元禅師の書かれたものも、実家が曹洞宗の檀家ということもあって、よく読みました。
「学道用心集」も「正法眼蔵随聞記」も、原典は到底読めませんが、注釈つきの解説書(上に載せてあります)なら、読めます。

その中に「学道の人、先ず須らく貧なるべし」という言葉があります。私はこの言葉を書道の先生にお願いして書いていただき、座右の銘としています。

「正法眼蔵は難しい」と、かつて私が師事した老師も仰っていました。
その正法眼蔵のエッセンスを素人にも解りやすいように、明治時代に和文で書かれたものが「修証義」です。葬儀や法要のときには、これを読誦することが多いですね。修証義は内容はともあれ、文章はわかりやすいと思います
「生を明らめ死を明らめるは佛家一大事の因縁なり。」で始まる文章には、独特の迫力があって、引き込まれます。

禅には「分に応じての所得」という言葉がありますね。
所得とは「悟り」のことです。
僧堂では「接心」と呼ばれる7日間集中的に坐禅に励む期間が、年に数回あります。
その接心の最後に直日(じきじつ)和尚(堂内の監督者)が挨拶をするのですが、その中で必ず、「おのおの分に応じての所得があったと存じます。」という言葉があり、これを聞くと救われたような気分になったものです。
悟りには絶対的なものが一つあるだけでなく、凡人には凡人なりに得るものがあるということだと思います。
坐禅ばかりでなく、仕事も家事も食事もすべて禅であるというのが道元禅師の教えだと感じます。
その観点で言えば「典座(てんぞ)教訓」などは日常生活にそのまま応用できる、味わいのある書物ではないでしょうか。

曹玄老師も、父も、そして私が師事した老師も、みな遷化されてしまいました。
寂しい限りです。




美雨


PS『正法眼蔵随聞記』についてはまたいつか記してみます。^^

大森曹玄老師より 「頑張って最後まで読んでくれてありがとう」
大森曹玄老師より  抹香くさくてこんな日記はかなわん!と思った人は下の四つをぽちっと!
抹香くさくてこんな日記はかなわん!と思った人は下の3つをぽちっと!




★このランキングに参加しています。更新の励みになるので押して下さると嬉しいです★
(>ω<)ポチに感謝デス♪
にほんブログ村 歴史ブログ 世界史へ人気ブログランキングへ





左サイドMenu

プロフィール

MIUMIU 美雨

Author:MIUMIU 美雨
旅、歴史、長編ドラマ(短編も)のレビューやエッセイを書いています。
文化系の記事が多いですが、歴史ドラマ(大河ドラマ:八重の桜)や、韓ドラレビューも書きます。中でもソン・イルグクさんの作品が大好きです。
更新はマイペースで続けていきますのでどうぞよろしくお願い致します。

過去記事は画面右上の検索フォームか左下のカテゴリー、早見表で探して下さい。

当ブログにて使用させて頂いておりますドラマ等の画像の著作権、肖像権は全て出所元にあります。当サイト内の文章の無断転載、無断トラックバックはお断りしております。

尚、此処はあくまで個人のサイトとして書いているブログであって、”公の掲示板”とは異なりますので、いきなりの複数の質問ばかりのコメント等はご容赦願います。返答致しかねます。

また、記事に関係のない内容のコメントや荒らしに該当する方、挙動不審な方は場合によって制限をさせていただきます。

クロスフォーダンシングストーン
きらきらとストーンが振動 クロスフォーニューヨーク Dancing Stoneシリーズ(ダンシングストーン)  Jupiter2 タイニーピン NY-T013

富士山グラス

最新記事

FC2カウンター

カテゴリ

八重の桜レビュー
1話 2話 3話 4話 5話 6話 7話 8話 9話 10話 11話 12話 13話 14話 15話 16話 17話 18話 19話 20話 21話 22話 23話 24話 25話 26話 27話 28話 29話 30話 31話 32話 33話 34話 35話 36話 37話 38話 39話 40話 41話 42話 43話 44話 45話 46話 47話 48話 49話 50話(終)

韓国ドラマあらすじ
天地人(発酵家族)
1話 2話 3話 4話 5話 6話 7話 8話 9話 10話 11話 12話 13話 14話 15話 16話 17話 18話 19話 20話 21話 22話 23話 24話(最終話)

神と呼ばれた男
1話 2話 3話 4話 5話 6話 7話 8話 9話 10話 11話 12話 13話 14話 15話 16話 17話 18話 19話 20話 21話 22話 23話

強力班
1話 2話 3話 4話 5話 6話 7話 8話 9話 10話 11話 12話 13話 14話 15話 16話(最終話)

風の国
1話 2話 3話 4話 5話 6話 7話 8話 9話 10話 11話 12話 13話 14話 15話 16話 17話 18話 19話 20話 21話 22話 23話 24話 25話 26話 27話 28話 29話 30話 31話 32話 33話 34話 35話 36話(最終話)

風の国あれこれ
その1 その2 その3 その4 その5 その6

人生画報
作品紹介 1-4話 5-8話 9-12話 13-16話 17-20話 21-24話 25-28話 29-32話 33-36話 37-40話 41-44話 45-48話 49-52話 53-56話 57-60話 61-64話 65-68話 69-72話 73-76話 77-80話 81-84話 85-88話 89-92話 93-96話 97-100話 101-104話 105-108話 109-112話 113-116話 117-120話 121-124話 125-128話 129-132話 133-136話 137-140話 141-144話 145-148話 149-152話 153-156話 157-160話 161-164話 165-168話 169-172話 173-176話 177-180話 181-184話 185-188話 189-192話 193-196話 197-200話 201-204話 205-208話 209-212話 213-216話 217-219話(最終話)

善徳女王
1,2話 3,4話 5,6話 7,8話 9,10話 11,12話 13,14話 15,16話 17,18話 19,20話 21,22話 23,24話 25,26話 27,28話 29話 30話 31,32話 33,34話 35,36話 37,38話 39,40話 41,42話

カテゴリー

 



最高に美味しいフレーバーティー
北欧紅茶セーデルブレンド
スモールハウス缶

北欧紅茶ミニ缶セット

ウェッジウッド ワイルドストロベリー アソートティーバッグ 36P
味まろやかミルクティーにぴったり

NINA'S マリーアントワネット紅茶
世界で唯一ヴェルサイユ宮殿の
王室付属の庭園から採れた果実と
花を紅茶にブレンド

芸術品のような美しいローズ模様
ポットとカップが一体化したセット

右サイドメニュー

Translation(自動翻訳)

検索フォーム



ワールドトラベルアワード受賞

スーツケースカバー犬猫シリーズ

機内持ち込み可

スーツケース格安レンタル


楽天で一番売れてるスーツケース



ホワイトデーにいかが?
ナイルビール6本セット





ほうれい線が気になる?

FX口座数 国内No.1

30秒で化粧水 【30秒で化粧水を作る!】オゾン水生成器「IN PURE(インピュア)」 家庭用(専用水 2本付き)【日本製】
家庭用オゾン水生成器

記念日にダイヤ プラチナPt900 超大粒1.5ctダイヤモンドペンダント/ネックレス (鑑定書付き)

PT900/超大粒0.7ctダイヤモンドピアス(鑑別書つき) プラチナ
プラチナPt900 超大粒1.5ctダイヤリング 指輪 13号

パール2点セット あこや真珠 7.5-8.0mm 2点セット(パールネックレス、パールピアス) 【本真珠】

国内最大級の品揃え
高いラッピング技術

紅茶ギフト

ランキング参加してます

ポチっとお願いします▽・w・▽


にほんブログ村 歴史ブログ 世界史へ
にほんブログ村 テレビブログ 韓国ドラマへ


ラデュレキーチャーム

PrimaClasseショルダーバッグ PrimaClasse(プリマクラッセ) ショルダーバッグ GD14 105 BLU-NERO

ブロとも申請フォーム

blogram投票ボタン

 




楽天



楽天で一番売れてるスーツケース