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世界の旅日記や 文化、歴史のぷち・エッセイを書いています。他にも海外、国内のお気に入りのドラマのあらすじ&感想を勝手気ままに綴っています。

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八重の桜 第47回「残された時間」 あらすじ&感想 ~大学なんかいらねえ!襄が命を削るぐらいなら~

[八重の桜] ブログ村キーワード


NHK大河ドラマ 八重の桜 第47回「残された時間」

最新の回のあらすじ&感想はこちらをクリック↓(「八重の桜」各話あらすじ&感想)
http://yonipo.blog13.fc2.com/blog-category-81.html
八重の桜47回の視聴率は13.7%。耐えられない・・・!ここまで来て、大学ができるのを見届けられないなんて!初めて弱音を吐いた襄。大学なんかいらねえ!この世のどんなごども、ジョーの命と引き換えにはできねえ!と八重。初めて本音と本音をぶつけ合い、残されたかけがえのない時間に、ふたりが考え、決めたこと、それは・・・

NHK総合20:00~20:45 八重の桜HP http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/
47話表紙
八重の桜OP、BGMにドゾhttp://www.youtube.com/watch?v=6tDZC6aTUxA

八重の桜 第47回 あらすじ
明治21(1888)年 1月、憲法発布を翌年に控え、伊藤博文を中心とした草案作りが大詰めを迎えていた。また、伊藤は、外務大臣として大隈重信を入閣させ、不平等条約改正の動きを本格化させる。
山本家では、覚馬が、みねの遺児・平馬を養子に迎えた。佐久は子育てに張りきり、久栄は立ち直り、平穏な暮らしを取り戻しつつある。 一方、襄は正月に心臓の発作を起こし、まだ安静が必要な体で仕事を続けている。いよいよ憲法が発布され、立憲国家が道を誤らないためには、それを支える人材を育てる大学を作らねば、と襄は考えていたのだ。

数日後、徳富蘇峰が『国民の友』の最新刊を手に、熊本バンドの同期生市原と連れだって襄を訪ねてきた。蘇峰はおもむろに自分が刊行した雑誌を開き、「新日本の二先生、福沢諭吉君と新島襄君」という見出しを見せる。それによると、物質的知識の教育は東の慶応・福沢に、精神的道徳の教育は西の同志社、新島に代表される、と書かれ、名声が高まれば大学設立に力を貸すものが増えると話す。雑誌社が成功し快進撃の蘇峰は、いまや外務大臣の大隈の知己をも得、記事に共感した大隈のサポートのもとで募金集会を行っては、と提案する。そして、襄の回復を待ってその年の夏、ふたりは上京する。 東京大学を視察し、八重は理学部教授となった山川健次郎との再会を喜ぶ。襄が、私立大学を創る目的のひとつは理学の専門学科を創設したいからだと力添えを頼むと、健次郎は快諾する。

大隈邸で開かれた募金集会には、井上馨、渋沢栄一、大蔵喜八郎といった財界のそうそうたる顔ぶれがそろい、八重や徳富蘇峰(猪一郎)がそのゆくえを固唾を飲んで見守るなか、襄は「大学設立の目的は一国の精神となり、柱となる人々を、育成することにある」と熱弁をふるう。大隈が率先し寄付を申し出ると、賛同者が次々に手をあげ、今でいう一億円以上の高額な寄付が集まった。集会は大成功であった。
しかしながら、宴の席で病み上がりの襄の体は限界で、襄は控室に運ばれ、倒れ込む。
翌日、勝海舟を訪ねた二人は、『同志社設立の旨意』を見せる。すると勝は政府のためでなく、人民の為に創る大学ならば、ひも付きの寄付でなく、その志を全国に訴え、広く公募を呼びかけたらどうかと言う。例えば、数万人の読者を持つ、蘇峰主催の国民の友に『同志社設立の旨意』を載せれば、数万人を相手に集会を開くのと同等の効果が得られる筈だと勝は熱心に勧めるのだった。勝はまた、顔色の悪い襄のために、鎌倉の静養所を紹介してくれた。
その夏、襄と八重は、ふたりだけでゆっくりと夏休みを過ごす。機嫌をよくして京に帰った二人だが、八重は主治医から襄の命が長くないことを告げられる。襄に残された時間はあとわずか――。医者にそう告げられた八重は、ただ言葉を失うばかり。そのことを悟られまいと、襄の前ではいつもどおりに明るく気丈に振る舞う。しかし、夫の襄はすべてお見通しであった。

ついに、襄の原稿に蘇峰が手を加えて完成した『同志社設立の旨意』は、『国民の友』はじめ全国の主要新聞に掲載され、大反響を呼ぶことに。 しかし、襄はますます仕事に駆り立てられ、ある夜、祈りをささげようとしてベッドから転げ落ちてしまう。襄は絶望に顔を曇らせ、「ここまで来て、大学が出来るのを見届けられないなんて・・・主はなぜもう少し時を与えて下さらないのだ!?」と初めて弱音を吐く。それでもまだ、支援を願う手紙を書こうとする襄を、八重は涙ながらにベッドに押し戻す。「この世のどんなことも、襄の命と引き換えにはできねえのだし!」「それでも、私がいなくなっても、あとに続く人たちが自由の砦を作り上げてくれる・・・そのためには、まず誰かが種をまかなければならない・・・」襄の命がけの説得に、八重は忘れていた大切なことを思いだす。西郷も会津の人達も、種をまこうとして戦った・・・これは襄の戦だった。「なら、負けるわけにはいがねえな・・・けど、勝つためには、まず体を強くしなければなりません!」笑い合う二人であった。

明治22(1889 )年2月,ついに大日本憲法が発布される。この年の10月、襄は病に伏した母・登美の看病を八重に頼み、関東で募金を集める為に旅立った。

・・・ということで、次回は第48話「グッバイ、また会わん」です。



八重の桜 第47回ぷち・ギャラリー

<仇敵・大隈に頭を下げる伊藤博文>
あんたに外務大臣をお願いしたい。
八重4701
今大日本には2つ問題があります。帝国憲法の作成と不平等条約の改正です。
あんたとは政策が違いますけん!
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伊藤「条約改正の緊急性の比べればとるに足らんことでしょう!?」大隈「・・・。」

<『国民の友』の最新刊を手にやってきた徳富蘇峰>

この記事が評判を呼んどっとです
八重4703
東に慶応義塾の福沢あり、西に同志社の新島あり、と。

<大隈邸で開かれた募金集会>
財界の大物が居並ぶなか、襄、大緊張のスピーチ
47話A
大学設立の目的は一国の精神となり、柱となる人々を、育成することにあります!
新島先生のお話、大いに共感ばいたしました。1000円寄付させてもらいたか。
八重4704
「ワシは6000円寄付を」 「わしも・・・」    次々と募金が集まり、集会は大成功

<勝の提案>

せっかくの大学を、ヒモつきにするつもりかい?『国民の友』には数万の読者がいるのに
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これを載せて読んでもらえば数万人相手に集会を開くようなもんじゃないか

<静養のため訪れた鎌倉で、ふたりだけのフルムーン>
バーン!!  よしっ・・命中ッ!
八重4706
昔とったきねづか
景品いっぱいで八重ルンルン♪ 襄「次は、負けませんよ」 
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わだすに勝とうなんて10年早い・・!ふふっ

<訪ねてきた あの人>
やいやいやい!! な~んでわしを訪ねてこんかったんじゃい!!
八重4707
ワシはいわば同志社の生みの親じゃろ?真っ先にワシを頼ってくるんが筋じゃろが!?(よく言うw
ぼんっ 寄附金じゃいっ!生みの親じゃけーの! (ちゃんと包んできた槇村)
八重4721
ワシも、まだまだ日本のために働くつもりじゃい
ワシ 去年男爵に叙せられてな・・・帝国議会が発足すりゃー貴族院ができる
八重4723
今度は国会で、この剛腕を振るうちゃる~!!
くすっ 変わらねえなぁ、槇村さまは・・・
八重4719

<衝撃の告知>
今・・なんと? 襄が死ぬ?  明石医師「新島先生には知らせん方がいいでしょう」
八重4708
どないな精神修行を積んだ人かて、自分の死と向き合うのは難しいもんやから。

<隠し事は困ります>
怖いのは死ぬことではない・・・覚悟を決めず仕度もできぬままに突然命を奪われることです。
八重4709
命は主の御手に委ねてあります。恐れることはない。
八重4710
けれど、どうして主は、もう少し時を与えて下さらないのだ・・・
死が、私に追いついてしまう・・・!
八重4713
もういい、やめてくなんしょ、大学なんかいらねぇ、
襄の命が削られるくらいなら大学なんてできなくていい!わだすは襄を失いたくねえ!
八重4714
大学は、他の人でも作れる・・・ジョーでなくとも
襄「後に続く人たちが自由の砦を築いてくれるでしょう。その為には、誰かが種をまかなければ!」
八重4715
そうでした・・・これは襄の戦だった・・・戦なら怖気づいて逃げるわけにはいかないな
襄「最後の1日まで一緒に戦ってください」
八重4716
八重「はい・・・でも、勝つためにはまず、体を強くしなければなりません!」

<その年の秋、ふたたび関東に募金を集めに旅立つ襄>
どうしても、一緒に行ってはなりませんか?
八重4717
当方無事、と書いて葉書を送りますよ・・・行ってきます!




八重の桜 第47回、こんなところが好き!感想

何一つ、たやすく出来たことはない・・・邪魔され、罵られ・・・。
耐えられない・・・ここまで来て・・・・死が、私に追いついてしまう・・・!

初めて弱音を吐いた襄。

襄の心臓はいつ破れてもおかしくない。
医師の言うとおり、八重は、黙っているつもりでいた。
しかし襄は、「死が怖いのではない、覚悟をせずに死を迎えることだ」と言った。
そして、真実を告げられた。

言った八重も辛かったでしょう。
その八重を気遣う襄。
なんて美しい夫婦のかたち・・・胸がじいんとしっぱなし。

こんな天使のようなふたりにはなれないけれど、実は我が家でも約束していることと重なって、ちょっと嬉しかったシーン。

それは、どちらかが不治の病にかかったら、必ず開示し合うこと。
どのくらい進行してしまったか、あとどのくらい生きられるか。
何もわからないで死ぬより、いま、やれること、やっておくべきことを決められる幸せ。

一昔前は違った。昭和の時代は、隠し通すこと、最後まで死を知らせないで希望だけをつげるのが義務だったのに、時代によって、”死の尊厳”は形を変えるのでしょうか。
明治の時代の人なのに、襄の選択は、より現代の私達に近い気がする。
違うと言えば、生きた時間の凝縮率だけ。

残された時間の中で、無念を感じながらも「誰かが種をまかなければ」と、限りある命を、ひた走ったのでしょうね。
今私達が、自由に選択できる大学制度や安心して学べる学校の設立に命を削りながら奔走した先人たちを思うと「学生時代、もっと学んどくのだった」と後悔先に立たずながら、恥じ入る思いです。

さて こちら凡人と違い、倜儻不羈(てきとうふき)そのものの二人の若者、今回も大活躍でしたね。
振り返れば、東京帝大の研究室の原点は、会津の山本家の角場だったとは・・・同志社はこの時点でまだ、文系だったのですね。
蘇峰はジャーナリストて取材、編集に大活躍、このくまもんバンドの出世頭・民友社社長が繋ぎをつけてくれた大隈邸はそうそうたる顔ぶれでした。
ちらと覗いただけでも、渋沢氏と原六郎は銀行家、井上馨は三井物産、岩崎弥ノ助は三菱、大倉喜八郎 帝国ホテル・・・と、今も大企業として君臨する、その設立者、創設者の面々・・・

それを主催する大隈重信の大きさとオーラときたら・・・福沢諭吉の名前も言の葉にちらほら挙がりますが、早稲田と慶応の確執はこの時期からあったのですね(笑)。
けれど、どちらかと言えば、大隈氏は外務大臣としてではなく教育者としての立場が重要な感が否めません。不平等条約含め外交で凄いのはやはり陸奥宗光ではないでしょうか。
いずれにせよ、これら大者たちが財布のひもを緩めてくれて、万々歳でした。

みずからとんできたお金もありました。呼ばれてもないのに・・・そうです、あの方。
同志社や山本家と軋轢や確執、蜜月といろんな事がありましたが、鎌倉まで寄付金を包んで持参した槇村さん、表現は不器用でも、心ある人だったのだと感じました。
ベートーベンみたいな恐ろしげな髪が、いつの間にか寿老人のようにツルツルになってしまった槇村さん・・・思えば、なんだかんだいって、山本家にとって彼は福の神みたいな存在でしたよね。(笑)

終盤近くこんな嬉しいサプライズをくれた脚本には、舌をまきます。二人だけで過ごす、フルムーンな鎌倉バカンスも、人生は美しい、と思えるひとこま・・・
ふたたび手にした銃。射的の鉄砲とはいえ、笑って「命中!」と言う八重に、戦後20余年 呪縛のトラウマは溶けたのだ、襄が掃ってくれたのだ・・・と、こちらも胸をほっとなでおろせたシーンでした。鉄砲は八重に任せたほうが良さそうですが・・・昔とった杵柄?でも、景品が赤ベコ以外、古臭いですね。(笑)いっそ、くまもん人形とか ふなっしー、玄武岩の玄さんがマトだったら、ウケるのにな~、なんて・・NHKじゃムリですね。

冗談はさておき、あの超人みたいな勝海舟をして、恐ろしいと言わしめた二人とは西郷と横井小楠、というのも興味深いところ。これは勝海舟の談話「氷川清話」の中にも出てくる話ですが、ここまで人の本質を見抜く勝海舟という人間のほうが、よほど恐ろしい気がします。

思えば、西郷も、誰かのために種を蒔こうとして戦った。
そしていま、「誰かが種をまかなければ。私がやらなければならないのです。」
と襄が言う。

「これが襄の戦だった。戦なら、怖気づいて逃げるわけにはいかないな。」
と八重。

関東に募金を集めに出かける襄を見送る後ろ姿も、哀しみをそそります。
もしかすると、これが夫の最後の姿かも。
八重は、そう直感していたでしょう。

運命の日は、確実に近づいてきています。




  八重の桜 第47回 かると
            襄が頼みにした徳富蘇峰と『同志社設立の旨意』


ついに書きましたね!襄と蘇峰の最期のコラボレーション「同志社設立の旨意」。
学生の頃は、同志社の焼夷弾のような危なげな存在だった蘇峰(猪一郎)ですが、そんな問題児の蘇峰が、いまや襄と同志社の救いの手となって大活躍をしているのですから、良くも悪くもそうしたハンパないエネルギッシュな人物のほうが、世に出て大きな仕事をするものなのでしょうか。それを見抜いて、最後まで見捨てなかった恩師新島襄の目もまた炯眼といわざるを得ません。

<同志社大学設立の旨意>
1888(明治21)年、新島襄が20を超える新聞、雑誌に公表して
大学設立への協力を世間に呼びかけた、歴史的文書。
当時、大学は官立の東京大学のみでしたが、新島は私立大学を民間人の手によって設立することを考えました。
つまり、自発的結社という新しい組織原理によって大学を創ろうとしたのです。


13112401.jpg八重4718



新島襄の伝説のひとつに、彼は蘇峰のような人物を「倜儻不羈(てきとうふき)」な学生とし、非常に丁寧に扱ったという逸話があります。日本初の私立総合大学創立の夢を抱く襄の傍らにいたのは、日本初のジャーナリスト、蘇峰でした。同志社英学校に転入してきた生意気盛りの徳富青年は、襄に一目で惚れこみます。ジャーナリストとなった蘇峰は襄の右腕となり、『同志社大学設立の旨意』を執筆、全国の新聞に発表、ドラマの台詞通り、神よりも新島襄を崇拝していた蘇峰は生涯襄を尊敬し続け、同志社大学設立運動に尽力しました。

「倜儻不羈(てきとうふき)」これ、英語より難しい言葉ですね。襄さんらしい表現です。
倜儻不羈(てきとうふき)・・・才気がすぐれ、独立心が旺盛で、常軌では律しがたいことを意味する。
襄は特にこうした学生を大切にしたといいます。以来同志社では、新島校長のこの考えを引き継ぎ、学生の可能性を信じて個性を大切にし、自発的に行動し力を発揮できるような教育方針を基本としているとか。

しかし、いま「倜儻不羈(てきとうふき)」といえるような学生はなかなかいないのでは。
いたとしても、単なる”協調性ない変わり者”としてアウトサイダーな扱いを受けるだけのような・・・そのような学生でも伸ばして一廉の人間まで教育する・・・そのような教師もまた、なかなか見当たらない時代ではないでしょうか。
八重と同じく、蘇峰と襄もまた、神の名の下に結びつけられた、運命の師弟と言えるでしょうね。


      徳富役      徳富蘇峰
       蘇峰役・中村蒼            明治19(1886)年の徳富蘇峰


襄のいまわのきわに、遺言をうつし取ったのも蘇峰ですが、臨終の際、蘇峰は八重に過去の非礼を詫びてます。実際、襄の死後40年近く、八重との交流を続けます。蘇峰はまた、老後の八重の生活費まで面倒をみたと言われています。そして、八重が永眠した昭和7年、同志社墓地の襄の隣に葬むられた彼女の墓に墓碑銘を書いたのも、蘇峰でした。

この蘇峰を演じている中村蒼さんのとれとれのインタビューが、つい先ほど、NHKホームページに11/24日付けでアップされていますね!未来のことを考えて生きる蘇峰をカッコイイと思い、改めて「この人たちがいたから、今があるんだ」と感謝したという蒼さんも、とてもチャーミングですね!
中村蒼なりの徳富蘇峰 参照http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/special/interview26/




     美雨のぷち・八重の桜紀行その⑮
             同志社キャンパスを訪ねて


京都に行く用事があり、帰りがけに同志社キャンパスを訪問することができました。滑り込みセーフの短い時間でしたが、紅葉とライトアップが奇麗でした。生協委員会の学生さん達、学校の案内や詳細をありがとうございました。澄んだ目をした、ハートの暖かい同志社の学生さん達・・・飾らず真摯な受け答えに、この学校ならではのカラーを感じます。新島襄精神がいまも息づいているのですね。大変お世話になりました。次回は、京田辺キャンパスにも行ってみたいです。


同志社正門


美を競う国指定重要文化財の華やかな洋館いならぶ基督系名門・同志社のキャンパスですが、その基盤を作るに至るまではドラマ以上の苦労があったようです。今日47回では、大学にもうちょっとで手が届きそうなのに、自分はそれを見ることが出来ないと焦る襄の口から”彰栄館が出来た”とのタイムリーな言葉も聞こえました。実は今、彰栄館工事中でしたが、正門正面の顔であり、エレガントでアカデミックなレンガ校舎です。京都市内に現存する最古のレンガ造り建築物、というのも驚きです。聖書と帽子を小脇に挟んで、今にも襄がニッコリ現れそうな身近さ・・・いえ、きっと今もなお、襄の魂は同志社のキャンパスを彷徨っている気がします。


工事中でも美しい彰栄館
工


1890年当時(襄の昇天した翌年)の同志社キャンパス
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               進化してゆくキャンパス

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大学内に美を競う国指定重要文化財

今出川通りを挟んで京都御所の北に位置するのが、同志社大学と同志社女子大学の今出川キャンパスです。
明治9(1876)年、山本覚馬の協力を得てこの地に同志社英学校が移されました。覚馬が進めた京都の近代化政策と歩調を合わせるよに、煉瓦づくりを中心とする近代建築による校舎や施設が次々と建てられていっ たのです。現在も校内には国指定重要文化財のクラーク記念館や礼拝堂など、歴史的建造物が美を競うように建っています。
また近くには新島襄と八重が暮らした私邸も現存し、応接間や茶室などが公開されています。



(左)同志社礼拝堂               (右)彰栄館
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襄が「同志社の精神です」と呼んだ美しい礼拝堂


(左)ハリス理化学館              (右)有終館
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つい数年前まで舎密術(せいみじゅつ=理化学)と呼ばれてた学科名も進化しましたね(笑)


天使が飛び交っていそうなロマンティックなクラーク館
天使が飛び交っていそうなロマンティックなクラーク館 イルミネーションが綺麗
イルミネーションが綺麗でした



日本の近代化をキリスト教の精神をもって推し進めた新島襄と山本覚馬。
ひとくちに同志社の創立ということが、容易ならぬ大事業であったこと、襄や覚馬、八重の苦労が並大抵でなかったことが、ドラマや書簡から痛いほどに伝わってきます。
そして今、130年の時を刻む同志社大学内の5つの校舎、京都市内に現存する最古のレンガ造りの建物として、いまも威風を湛え当時のそのままの姿を偲ばせています。重要文化財に指定された、これらのキャンパス建築群には、彼らの熱い思いが刻み込まれているんですね。


「八重の桜」各話あらすじ&感想
http://yonipo.blog13.fc2.com/blog-category-81.html


守衛をすぎると、やっぱり・・・会えました八重さん♪
守衛さんをすぎると、やっぱり・・・いました八重さん♪
♥今日も最後まで読んでくれてありがとなし♥


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Comment

aiaiさま 

aiaiさま、ご丁寧な再コメントを頂戴し、心から感謝致します。

子供の用事で朝から出てしまい、いまさっき肩をたたきながら帰ってきたところ、aiaiさんの優しく清々しいコメントを発見し、疲れが吹き飛んでしまいました。
また、教えていただいた讃美歌や校歌を検索し、youtubeで聴きましたが、本当に良い気に満ちた、素晴らしい曲ですね・・・癒されます。

カレッジソングは、こちらですよね?
もうメロディーを、覚えてしまいました。^^

Doshisha College Song
Monophony http://www.youtube.com/watch?v=9nWBXjUsX1Y
Poliphony  http://www.youtube.com/watch?v=NoSv3rAKrNw

「讃美歌」234a
http://www.youtube.com/watch?v=HcBM65o2sko
このyoutubeのなかで、美しいこの賛美歌を聞くことができました。^^

命の種をまく・・・ひとを育てることは、国を育てること、と『八重の桜』では何度か語られていましたが、それは新島先生の志そのものでしたね。それを思い出しながら、聞いていました。
同志社の入学式で必ず歌われる讃美歌、というのも、納得です。聴くほどに、歌詞も、メロディーも美しいですね。

1、昔主イエスの 薪きたまいし
  いとも小さき 生命のたね
芽生え育ちて 地のはてまで
その枝を張る 樹とはなりぬ

aiaiさんから教えていただかなければ、きっと知る事のなかったであろう、襄さんの五言絶句・・・さすがは安中藩主板倉家の祐筆の家の血筋、英語にも漢文(詩)にもすぐれた才を披露なさっていますね。
詩の内容がどこか「過激な転校生」の結びで語られた「型どおりでなくてよい、歩みが遅いのもよし、気骨あるものもよし、だが、己のために他者を排除することなく・・・」という謙虚な心を大切にされた新島先生の台詞を思い出させます。

庭上一寒梅
笑侵風雪開
不争又不力
自占百花魁

庭上の一寒梅
笑って風雪を侵して開く
争はず また力(つと)めず
自ずから百花の魁を占む

現代語訳
庭先に咲いた一輪の早咲きの梅。
風や雪を笑顔で耐え忍び、
平然と咲いている。
別に他者と争うでもなく、
力むのでもなく、
ごく自然に、あらゆる花に先駆けて、
まっさきに咲くのだ。

aiaiさん、金戒光明寺と、同志社・新島墓地に行かれたのですね、素晴らしい!おりしも、創立記念日にあわせてなど、襄先生も八重さんもきっと天国で喜ばれておいででしょうね。
あの哲学の道は水音もすがすがしく、もみじ葉も一段と美しく感じられました。黑谷さん(金戒寺)の会津墓地の慰霊碑には、会津ならではの供え物がいっぱいで、ああ、みな磐梯山と鶴ヶ城をこい慕いつつ、ここに眠っているのだなぁ、と思うと感無量でした。また、「山本三郎」の文字のところが浮き立つように清められていて、八重さんも何度もここにお参りして、涙をこぼしたろうことが偲ばれました。そして、覚馬も何度か上っただろう、見張り台であった山門頂上からの御所の眺め・・・あの緊張感は忘れられません。
本当に、会津が命をかけたあの場所が、いまの覚馬の原点だったのですね。同志社墓地は、さながらプチ登山でしたが、本当に来てよかった、と思えました。一族、同僚、みな仲良く眠っているのですね。^^
aiaiさんがお参りされたときと同じく、私も新しいお花が供えてあるのを見て、ああ、新島夫妻はいまも多くの人に愛されているのだなぁ、と感動しておりました。帰りに、熊野若王子神社で八咫烏みくじをひきましたら、めずらしく大吉が出て、八重さんがおみやげを下さった気がしました。

aiaiさんのように地元に住んでいらっしゃる方が、私には羨ましい限りですが、逆に観光客の多い桜や紅葉のシーズンは、興ざめしてしまうかもですね(笑)。でも、本当にお幸せなことだと思います。
明日は、aiaiさんにとって、まさに新島先生と同化したオダ襄さんの「グッバイ」ご昇天ですね。(涙)私もいまからドキドキしています。こうして、一緒に悲しみを共有できるかたと語りあえる幸せを、新島先生と八重さんに深く感謝いたします。

また、重ねて新島先生ゆかりの詩や賛美歌、同志社歌などをご紹介くださり、aiaiさんありがとうございました。明日から(というか、一時間後には)師も走る師走ですね。新島先生も、天国でも慌ただしく21世紀の同志社のために走り回っていそうですが、風邪もはやっているようです。(うちは受験生がいるので、早めにインフルエンザも受けさせました)
aiaiさん、どうぞご自愛下さり、楽しいクリスマスシーズンをお過ごしくださいね。^^
(同志社のクリスマスイルミネーションが見たいです;_;)
  • posted by 美雨 
  • URL 
  • 2013.11/30 23:06分 
  • [Edit]

金戒光明寺・新島襄墓所 

美雨さま

立て続けに何回もすみません。

この秋は紅葉をわざわざ見に行く予定はまったく無かったのですが、今日思い立って金戒光明寺に行って参りました!

それはそれは紅葉が見事で、「ああこの世は美しい!」とため息が出るような光景でした。そのあと、若王子の山を登り新島先生の墓所に詣でました。昨日が創立記念日とあって、それぞれのお墓に真新しいお花が供えられていました。

普段は観光地に出かけるのを極力避けているこの季節に、紅葉の名所に出かけようと思い立ったのは、ひとえに美雨さまから頂戴したお返事に刺激された結果です☆
本当に思い切って出かけてみてよかったです。
ありがとうございました。

そして久しぶりに「海峡を渡るバイオリン」の冒頭部分も見てみました。
余りに甘美で切なく美しく言葉になりません。
あのワーズワースの詩の深さと哀しさ。

オダギリ氏には作品ごとに全く異なるさまざまな表情がありますが、私は今回の「八重の桜」や「メゾンドヒミコ」や「海峡を渡る…」や「塀の中の中学校」の中のオダギリ氏の雰囲気が好きです。もちろん斉藤さんも…。

では、取り急ぎましてご報告まで。
たびたび顔を出しまして失礼いたしました。
ごめんなさい!





  • posted by aiai 
  • URL 
  • 2013.11/30 18:33分 
  • [Edit]

美雨さま 感謝です☆ 

美雨さま
早速ご返信いただきまして感激です。
素晴らしく博識かつ文章がお上手でいらっしゃいますね!
初めて書き込んでみましたが、このように実のあるご返信をいただき、
本当に書き込ませていただいて良かったです☆

昨日言及しました曲につきましては、それぞれすぐ聞いていただけるようにデータを貼り付けられると良いのですが、あいにくパソコンに疎くてどうやって貼り付けるのかわかりませんので、ごめんなさい!
「庭上一寒梅」「校歌」は「同志社のうた」で検索していただきましたら合唱が聴けると思います。とりあえず歌詞のみ載せますね!

「庭上の一寒梅」(寒梅の詩)  作詞 新島 襄   作曲 大中 寅二

庭 上 一 寒 梅
笑 侵 風 雪 開
不 争 又 不 力
自 占 百 花 魁


「.同志社校歌」      作詩 湯浅 吉郎  作曲 大中 寅二

1. 天地は神の創作と 記せる聖書の第一句
 読みて校祖は畏くも 天つ父を発見しぬ
 海外雄飛渡米して 苦学十年人の子を
 神の像に育てんと 早くも思い立たれたり
 守れ同志社 神国の大道


「讃美歌」234a

1、昔主イエスの 薪きたまいし
  いとも小さき 生命のたね
芽生え育ちて 地のはてまで
その枝を張る 樹とはなりぬ

中島ノブユキさんは新島学園のご出身ですね。
毎日讃美歌の響きの中で過ごされたのだと思います。
私も「八重の桜」の中の音楽がどれも讃美歌風の安らぎに満ちていることに驚いていました。後に作曲者が新島学園のご出身と知って納得した次第です。
友達に新島学園の出身の方がいるのですが、中高の6年間はやはり聖書の言葉と讃美歌の調べに満ちたと学生生活を過ごしてきていました。

美雨さん、八重ゆかりの史蹟をたくさん訪れていらっしゃるのですね!
よく言われることですが、京都在住者は「観光客でいっぱいだから」「いつでも行けるから」ということで、かえって京都の史蹟には疎い人が多いのです。本来は一番美しい景色の見られる桜のシーズンと紅葉のシーズンは、余りの人出の多さになるべくどこにも出かけません。
とはいっても、会津藩や八重さんゆかりの史蹟はこれまでから訪れたことのある場所も多いですが、美雨さんの文章を読ませていただき、改めて金戒光明寺を訪れたくなりました。
今なら紅葉も見頃ですしね!近々行ってみます☆

私は「八重の桜」を見ているうちにドラマの中のオダギリがもうオダギリではなくて新島先生そのものにしか見えなくなってしまいました…。
これまでから映画やドラマのオダギリには完全に魅了されてきたのですが、今回の新島先生役も含めて、演じる役ごとにまったく違うキャラが生まれることに驚いています。
あまりに魅力的で、はまったまま抜け出せずにいます。

「八重の桜」のこと(&オダギリさんのこと)を語り合える機会に恵まれまして、本当にうれしいです☆
ありがとうございました!

今後ともまた機会がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします。

  • posted by aiai 
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  • 2013.11/29 21:48分 
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aiaiさま 

aiaiさまはじめまして。
片隅でひっそりとやっている拙いばかりのブログに、優しいお気持ちと励ましの言葉を頂戴し、もう感謝感激です。
福島出身の恩人知人のために書き始めた「八重の桜」でしたが、日本時代劇ドラマ(特に大河ドラマ)のレビューなど、自分に書けるのだろうか、たぶん読んでくれる人も少ないだろうなぁ・・・と覚悟していたのに、それぞれの出演俳優ファンさん達から歴史ファンの方々、同志社ファンの方が訪ねて下さるようになり、あらためて八重さんの繋いでくれたご縁に感謝をしていました。いまは純粋に、八重さんと このドラマが大好きです。

aiaiさんは、新島先生はもちろん、オダギリジョーさんのファンでいらっしゃるのですね。^^新島先生とお呼びになり、自然に敬語をお使いになられるのを見て、私はドラマレビューとはいえ、まるでお友達のように、ジョージョー(今じぇじぇ!というのもありますね。笑)と、呼び捨てにしていたことに反省しております。同志社出身の方々には、耳に痛いことですね。すみません。m(_ _)m

私もオダギリさんは「天上の弦~海峡を渡るヴァイオリン」以来、10年来のファンで、今回新島先生役とのオダ襄コラボでは、もう願ったり適ったりのキャスティングでした。
最初はそんな浮わついた気持ちもあって見始めたのですが、いつの間にか八重さんの生き方に惹かれ、今はどっぷり八重さんワールドに嵌り、今年の3月八重ファンのお友達と京の新島邸、4月は八重の生まれ故郷会津、7月は川崎尚之助の故郷但馬、出石と旅をし、今回急ぎ足でしたが同志社大学を見学することがかないました。覚馬が構想を練った琵琶湖疏水も見に、南禅寺にまで行きました。お恥ずかしい話、名前を聞いたくらいで、当初は日本海から琵琶湖を繋ぐ(構想上、幻の)大運河のように思っていたのです。京の都と大津をつないでいたのですね。^^疎水歴史会館で、上映DVD(プチ田辺朔郎先生の)も見させていただき、あらためて山本覚馬という人の大きさに触れ、感動しきりでした。「八重の桜」は本当に、勉強になることばかりです。

金戒光明寺の山腹にある会津墓地にも参りました。(小法師や、新しい鶴ヶ城の写真たてがいっぱい・・・涙がでますね)、そして、金戒光明寺で買った八重香(とてもいい香りのお線香です)をもって、息を切らせながら若王子神社脇道を通って山頂の同志社、新島襄・八重子の墓にたどりついたときには、なぜか滂沱と涙がこぼれました。そして、八重さんと、いっぱい、お話をさせていただきました。もう、感無量で「八重さん、ご苦労様でした」と、そればかり・・・不思議とその時、一陣の風が吹いて、八重さんが木々の梢から、にっこりと微笑んでくださった気がしました。
しかし、同志社の創立記念日には、あの高いお山で早朝の墓参があるのですか。精神力だけでなく、みなさん体力も鍛えてらっしゃるのですね。

aiaiさんは、同志社時代 聖歌隊に所属してらしたのですか、素晴らしいですね。
聖歌には、人を癒す力がありますね。グレゴリオ聖歌のモノフォニーなど、メロディーも地味で悲しみに満ちた歌詞も多いのに、なんというか、悲しみ傷ついた心というのは、明るく派手な音楽よりむしろこうした悲しみのコラールでカタルシスのシャワーを浴びることで治癒するように思われます。
もちろんポリフォニーも素晴らしいですが^^キリスト教に象徴される教会音楽の透明感あふれる響き、聖なる共鳴和音・・・aiaiさんも歌われた栄光館で響き渡る賛美歌の調べの美しさはいかばかりでしょうか。
八重の桜の音楽を手がける中島ノブユキさん自身も、新島襄先生の故郷である安中・新島学園で学ばれた方ですから、教会音楽に親しんだ 中島さんにとって、作曲の原点は讃美歌だったといいますね。
八重の桜のBGMが流れると、どこか賛美歌を聴いているような気になるのはきっと、そんなところに秘密があるのかもしれませんね。^^

> 「天地は神の創作と記せる御文の第一句
>  読みて校祖は畏くも天つ父を見いだしぬ
>  海外雄飛渡米して苦学十年…」
> で始まる叙事詩のような校歌です。

本当に、なんだか、ホーマーのオデュッセイアのようですね(笑)はっと思いましたが、同志社を設立したばかりで槇村たちから横槍が入ったとき、西洋の文明を教えながら、その核であるキリスト教の本質を学ばないのはナンセンスと諭した覚馬、今まさに大洋に漕ぎ出すアルゴー船のイアソン・襄を助く賢者ケイロンのような存在でしたが、思えば襄さんこそ、明治のオデュッセウスだったのでしょうね。^^

繰り返し出てきた「種を蒔く]というエピソード・・・西郷さんも「枯葉が落ちねば、次の花は咲けんな」と言っていて、私は単に、おそらくヨハネ福音書の「一粒の麦が地に落ちて死なねば、ただ一粒にすぎぬ。しかし死なば、多くの実を結ぶ」の一節だと思っていたのですが、これは新島先生と同志社にとって大変深いテーマだったということが、aiaiさんのお話でよく解りました。新島襄先生の漢詩「庭上一寒梅」は、どこか「碧巌録」の紅炉一点雪 にも語感が似ていて、美しくアカデミックですね。^^
庭上一寒梅とaiaiさんお勧めの讃美歌234a(加えて校歌)も、youtubeで探して必ず聴きますね。

新島先生に関する、貴重な素晴らしいお話を愛情をこめて綴っていただき、ありがとうございました。
aiaiさんのご教養や優しいお人柄が偲ばれました。
つい嬉しくて調子に乗って長話をしてしまい、申し訳ありません。m(_ _)m
  • posted by 美雨 
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  • 2013.11/28 21:15分 
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讃美歌234a 庭上一寒梅 など 

美雨さま

いつも読ませていただいています。
素晴らしいレポートにいつも感服しております。感謝です。

同志社が母校であり、またオダギリファンということもあって、毎週胸を熱くして「八重の桜」を見ています。
そのあと毎回美雨さんのページを読ませていただき、感心することしきりという次第です。本当にありがとうございます。

今日の仕事帰り、自転車で同志社今出川キャンパスのATMに寄り、そのついでに礼拝堂前の巨大なクリスマスツリーを見よう…と思っていましたのに、キャンパスはイブ祭で大賑わい。とても自転車では入れませんでした。

同志社は他大学に遅れて毎年今の時期が学園祭になります。11月29日の創立記念日の直前の「EVE祭」ですから…。でもその喧噪も28日まで。
29日は早朝の墓参と、創立記念日の式典が厳かに執り行われます。

私は学生時代合唱団に所属しておりました関係で、毎年栄光館で行われる式典に聖歌隊として参列していました。同志社の校歌といえば、いつでもどこでも歌われるのが「College Song」という英語の歌ですが、11/29の創立記念式典だけは、校祖新島襄先生の偉業を讃える「校歌」を歌うことになっていました。

「天地は神の創作と記せる御文の第一句
 読みて校祖は畏くも天つ父を見いだしぬ
 海外雄飛渡米して苦学十年…」

で始まる叙事詩のような校歌です。(この歌詞は記憶だけで書きましたのでうろ覚えで間違っているかもしれません…すみません)

さらに前回の「八重の桜」で襄先生のお言葉にあった「種を蒔く」というお言葉。それを聞いて、はっと思い出した曲がありました。

もうずいぶん昔のことになりますが、入学式の式典の中でパイプオルガンの伴奏で歌った讃美歌が「讃美歌234a」。
これは現在も同志社の入学式で必ず歌われる讃美歌ですが、そのテーマがまさに「種を蒔く」なのです。同志社諸学校でもこの讃美歌は特によく歌われておりますが、この讃美歌が選ばれる理由は恐らくは校祖の志を表すものだからではないかと、「八重の桜」を見ながらふと思いました。
私はこの讃美歌をきくと今も同志社で学んだ青春の日々のことを懐かしく思い出します。

もうひとつ「種を蒔く」「一粒の麦」から思い出した曲を…。

新島襄先生の漢詩「庭上一寒梅」はご存じでしょうか?
「風雪をおかして開く寒梅があるからこそ、それが百花のさきがけとなりそのあとに豊かな彩りの季節が訪れるのだ…」という内容の感銘深い五言絶句です。
この詩に美しいメロディーがつけられて長く愛唱されてきました。
先日NHKスタジオパークの収録が行われた学生会館「寒梅館」はこの詩から命名されました。

同志社大学HPの「同志社の歌」の中にございますので、もしもよろしければお聞きになってみてください。漢詩も掲載されていると思います。
襄先生の思いが静かに伝わる曲で、私はよくこの歌を口ずさんでおります。

新島先生ゆかりの音楽について触れていらっしゃるかたを余りお見受けしないように思いまして、ちょっとご紹介させていただきました。

これまでは美雨さんの文章をそっと拝読しひとり感激しておりましたが、一度御礼を申し上げたく今回初めて出て参りました。

これからもご活躍をお祈りしています。
ありがとうございました。








  • posted by aiai 
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  • 2013.11/28 00:02分 
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kikiさま 

こんばんは(●^o^●)
いつもありがとうございます。m(__)m kikiママも、襄のまえについに兜を脱ぎましたか?(笑)
愛の前には、というか、天使には叶いませんよね。
私も、夫としてはずっと尚之助と添い遂げて欲しかったですが、すべては天が定めたもうたこと、と思うようになりました。世の中には、二通りの生き方があって、世を動かしていく人間と、受け入れる人間が存在するのではないか、と・・・。(加えて言うなら、プラス、順応できず、滅びていく人間の三種)八重はもちろん前者なので、選ばれる側としても忙しかったでしょうね。
告知を知って、襄の前で明るく振る舞う八重と、八重の嘘もすべてお見通しの上で八重をいたわる襄をていたら、なぜか古いアメリカの夫婦善哉を思い出してしまいました。
貧しい新婚の夫婦がいて、クリスマスに、妻は夫が大切にしている懐中時計を思い出し、それにつけるチェーンを買ってあげたくて、美しいブロンドの髪を鬘屋に売り、白金のチェーンを買ってくるのですよね。そして夫は、妻の美しいブロンドの髪を梳かすベッコウの櫛を買うために、時計を売ってしまった。互いに差し出したプレゼントに、ふたりはあっと驚きますよね。互いのプレゼントはもう役にたたないシロモノでしたが、その愛の美しさと深さに、当人たちも、その話を知った人たちも涙したという美談です。なぜかわからないけど、今回の八重と襄を見ていて、古いこのアメリカの夫婦善哉を思い出してしまったのです。

> 鎌倉のシーン、唯一ほっと出来る優しい時間でした。射的は鶴岡八幡さまでしょうか。鎌倉の海はとても綺麗ですね。

この水辺のシーンは、猪苗代湖で撮影したらしいですよ。射的は、鶴岡八幡というよりは江ノ島あたりの出店の雰囲気ですが…昔はどうだったのでしょうね。 鎌倉には姉が住んでいて、海の汚れに嘆いていますが、お寺や町の風情は昔の情緒を留めています、観光、是非是非♪おすすめです。^^
  • posted by 美雨 
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  • 2013.11/27 20:17分 
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涙、涙 

美雨さんこんばんは。
題名を見て、もう亡くなってしまうのかと思いましたが、まだ生きていてくれて良かったです。

自分の余命を知らされ、どんなにショックでしょうと思えば、
「可哀想に、そんなことを知らされてどんなに辛かったか」と八重を思いやる襄さんに号泣きでした。
そのあとの気丈な八重の言葉も。
二人は心の底から愛し合っているんだなあと、、、

尚乃助さまの手前、あまり心を許していませんでしたが
今日このシーンを見て、もう許せてしまった気がします。

このかたは、本当に天使なのですね
美雨さんの言葉をお借りすれば、、、

この人ならば、尚乃助さまも天国できっと安心して見守っているはず、
せっかく時をかけてそう思えたら、もう長くないだなんて、運命はなんて残酷なの

鎌倉のシーン、唯一ほっと出来る優しい時間でした。射的は鶴岡八幡さまでしょうか。
鎌倉の海はとても綺麗ですね。私も行ってみたくなりました。
  • posted by kiki 
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  • 2013.11/27 00:03分 
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サミーさま 

こんばんは。(*^o^*)サミーさんいつも楽しいコメントありがとうございます。
波瀾万”襄”、ウケました。(爆)

> これだけ大学創立に命をかけた人はいないでしょう。
> 八重が言ってたようにまさしく襄には戦なんですね。

若いうちに、それも江戸時代にアメリカというとんでもない国を見てきたことは、いまでいう火星や月に宇宙旅行して外世界を見てきたのと同じ、といっても過言はないですもんね。
それ以上に、襄にとって大学設立は生涯のミッションですから、個人的なしあわせや平和な家庭を築くより、使命感でのみ生きていたと思います。なぜ襄がパートナーに八重を選んだのか、今になって確信できることが沢山あります。思えば、サミーさんの大好きな(?笑)槇村さんが、どんな女子(おなご)が良いか、と訪ねたとき、西を向いて居ろと言ったらずっと西を向いているような従順な女性はお断りです、ときには自分の前を進んで歩いてくれたり、襄が間違っていたら叱ってくれる女性の方が・・・というようなことを言っていましたが、本当にその通りになりました。そして、いままた 襄の亡き後も、自分がなしえなかった部分を、意志を持って成し遂げてくれる女性ーーそれを天性の勘で見抜いてプロポーズしたのでは・・・と、いまさらですがあのとき張られた伏線を思い返しています。そういえば、あのとき「ワシはそのような女子はニガテじゃい」といいつつ、すぐ八重を思い浮かべて、紹介した槇村も、たいしたものですよね、ハイ、同志社の生みの親だけでなく、彼は襄と八重を結び合わせたキューピッドだったんですね。(爆)困ったチャンではありましたが、彼らには なくてはならない福の神のような人だったんだなぁ、と感心しています。顔も、なんだか寿老人のようになってきて、あごヒゲなどは、長寿亀の苔尻尾みたいでした(爆)。老いても日本の為に貴族院であの剛腕をふるっていただきたいですね。

来週は・・・はい、タオルハンカチを二枚持って視聴しようと思います。(涙)
  • posted by 美雨 
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  • 2013.11/26 21:53分 
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ダリアさま 

ダリアさん、こんばんは。
いつも深いコメントと貴重な情報をありがとうございます。

思えば、ふなっしーのことを教えて下さったのもダリアさんでしたね。(←遅れてすぎっ)

鎌倉での射的シーン、なんだか神呼男のカンタを思い出しました。カンタにしろ八重にしろ、プロがやっちゃ商売あがったりですよね~(≧∇≦)あれはちょっと違反でわ?(爆)
本当、ジョーが筋金入りの八重に勝とうなんて10年早いですね。
10年生きていられれば…って本人も視聴者も誰もがおもったでしょうが。
泣かせるニクい脚本ですね。(T_T)

>その行動を起こさせる精神力にはいつも圧倒されます。
身体がついていけないほどの精神力なのでしょうね。

さすがダリアさん、読みが深くていらっしゃいますね。
本当に、ドラマだとわかっていても、大学設立まで襄の心臓が動いていてほしいと祈ってしまいました(ToT)

うちのは逆に、体力だけはあっても精神のほうが追いついていないかもー(ううっ、軟弱)
でも、二人三脚、三人四脚(?)で頑張ってます。八重さんはダメぽな軟弱ものにもパワーをくれますね。

最終話、15分延長ですか。もう、最初から泣いてしまいそう。57才の綾瀬八重さんもなんだか楽しみです。(*^o^*)
  • posted by 美雨 
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  • 2013.11/26 20:55分 
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かえるママさま 

かえるママ、拙いブログにいつも優しい気持ちで共感していただいてありがとうございます。

互いの財布と携帯電話は絶対覗き合ったことはありませんが、病気や告知に関することだけは必ず隠さず打ち明け合うことにしています。
ホワイトライ…そんな綺麗な嘘でも、家族には通用しませんよね。互いに嘘とわかっていて、演技しあうといういたわりあい…それもひとつの愛なのでしょうが、うちはB型一家なのでどうせバレバレです。(笑)
というか、あとどの位生きれるか予めわかったほうが、ジョーの台詞のように、心の準備と、やり残しがないよう今ある課題を消化していくことができますよね?会いたい人にも会いに行けます。
死んだ後のことも整理して書き残せますし、互いにいいことづくめなのに…
でも実際家族として告知されたらやはりどう話すか戸惑うことは間違いちないです、若ければ若いほど死と向き合うには覚悟がいることですよね。
かえるママ仰るように、正直に開示して、供に病気と闘う、二人力を合わせて闘えば病気に勝てるかもしれませんね。

赤べこは、珍しいほどに何百年と変わらない東北の大人気ゆるキャラですね。
会津にいったとき、駅でも食堂でも酒屋でもホテルでも、小法師と一緒に可愛らしく飾られていました。また赤という色は魔をよける、という意味もあるようです。

かえるママのお子さんは、ふなっしーがブームなんですね(*^^*)現代っ子ですね。
「てきとうふき」という言葉、これ、英語の難しい熟語よりずっと難しいですね。携帯だと「てき」が変換されないし。(苦笑)むかしの人は、難しい言葉を当たり前のように書いたり使ったりしていたんですね(^O^)

はい、気むずかしくても、こういう人材を育てられる社会を取り戻したいものですね。
いまは社会が気難しすぎて、大物が育ちにくい気がします。
  • posted by 美雨 
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  • 2013.11/26 20:29分 
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ひいちさま 

こんばんは^^
今日もお優しいコメントありがとうございます。
やっと、ひいちさんの新ブログ名にも慣れました(*^o^*)最初はなかなか気づかなくてごめんなさいm(_ _)m

本当に、もっと早くにこのドラマに出会っていたら、先人たちに感謝しながらもっともっとよく勉強したのに…と悔やまれますが(苦笑)今となってはそれを子供や次世代につないでいくしかないですね。
ひいちさん仰るように気づくことから始めることが大事なんだと思いますo(^-^)o今を感じ、未来へとつながる…それは襄や八重さんとつながることですね。
ひいちさんありがとうございます。
  • posted by 美雨 
  • URL 
  • 2013.11/26 01:01分 
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tedukuridaisukiさま 

こんばんは^^
いまは国立も私立大も全国にありますが、それを当たり前にしてくれた人達の苦労は並大抵でなかったんですね(>_<)

こんないい時代に生まれたことを感謝しないとバチがあたりそう…
ガブちゃんラッピーちゃんにカツをいれて欲しいですm(_ _)m
  • posted by 美雨 
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  • 2013.11/26 01:00分 
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NoTitle 

美雨さん、こんばんは。今日も素敵なレビューをありがとうございます。(*^_^*)

鎌倉での射的シーンにはほっこりしました。長く銃から遠ざかっていてもさすが八重、ひとり勝ちでしたね。
たしかにふなっしーやくまもんいたら爆笑だったのに。^m^

襄の意志の強さはどこからくるのでしょう?
最初の頃はひょうひょうとした優しい人というイメージでしたが、回を追うごとに違う面が見えてきて、不思議な人ですね。
行動力にも驚かされますが、その行動を起こさせる精神力にはいつも
圧倒されます。
身体がついていけないほどの精神力なのでしょうね。
大学設立まで襄の心臓が動いていてほしいけれど・・・・・・・・辛いですね。


最終回は15分拡大なんですね。
八重が57歳ぐらいまでを描くらしいです。懐かしい人との再会もあるみたい
です。
楽しみというか寂しいな~(;_;)/~~~
  • posted by ダリア 
  • URL 
  • 2013.11/25 22:40分 
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波乱万襄 

新島襄の人生は波乱万丈、それも密度の濃い凝縮された人生だったんですね。
これだけ大学創立に命をかけた人はいないでしょう。

八重が言ってたようにまさしく襄には戦なんですね。

美雨さんの言う通り、西郷と同じく、自分がやらなければという信念は凄まじいです。
こういう強い志はどこから湧いてくるのか、それは若いうちにアメリカという大国をみて危機感を感じたのだと思いますが、
それを実行する行動力にも敬服します。
かわいい子には旅をさせよですかね?

僕も告知して欲しいですね。
残りの人生を後悔しないで過ごしたいですからね。

槙村がいいです。あのタイミングで出てくるとは思わなかったですよ。それだけに笑ってしまった。
高嶋さんいい演技しますね。
あのシーンはなんだか和みました。

ん?徳富蘇峰、結構イケメンじゃないですか。
中村蒼さん、ちょっと似てるような気がします。

最後の八重が襄を送り出すシーンはなんだか切ないです。
来週はまた涙がちょちょぎれそう。
覚悟しなけれは…

  • posted by サミー 
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  • 2013.11/25 19:57分 
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NoTitle 

美雨さん、今日も素晴らしいレビューに涙が出ました。
親鳥が、ひなにエサを噛み砕いて柔らかくして与える様に、とても優しく日本の歴史、近代史、文学、政治経済、道徳、文化・・・全て教えて教えて頂いてます。

美雨さんご夫婦は、「不二の病になったら開示しあうこと」決めていらっしゃるのですね。素晴らしいと思います。
夫婦で隠し事、嘘はイヤですし、分るものですよね。
ホワイトライという言葉がありますが、そんな時、当人は嘘と分っていて、騙されてあげてる、そんな夫婦もいますね。
やはり、正直に開示して、供に病気と闘う、二人力を合わせて闘えば病気に勝てるかもしれませんものね。この部分もとても共感して、うるうる来ました。

赤べこは、東北の、昔で言うゆるキャラだったんでしょうね。(笑)
今、うちの子、ふなっしーがマイブームみたいです・・・(*^^*)

「てきとうふき」という言葉、(._.) φ メモメモ覚えておきます。
そういう人材を育てられる社会を取り戻したいですね。

同志社のキャンパス、素敵ですね。

会社からポチです。もう一回来ます。
  • posted by かえるママ21 
  • URL 
  • 2013.11/25 18:33分 
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イッセーさま 

こんにちは(*^o^*)
イッセーさん、今回も素敵なコメントをありがとうございます。
仰るように明治のような昔は、学べる人もごくごく限られていたので、師弟や学閥の絆はいまよりずっと強かったと思います。
襄と蘇峰はまた、八重が入り込めないような不思議な何かがあって、一卵性師弟のようなえにしでしたね。(笑)

イッセーさんも、そんな強い絆でつながれた恩師がいらっしゃりそうですねo(^-^)o

私にも「一期一会」の出会いといえる、大好きな生涯の恩師が何人かおります。結婚式にも出席して下さいました。
師弟関係がこんなにも希薄な時代、とても幸せなことだと思います。

私にも経験がありますが、おとなしく物わかりのよい(悪くいえば毒にも薬にもならない)学生より、ちょいワルだったり突拍子がない子でも、エネルギッシュで気骨ある学生のほうが、社会で大きな働きをしている気がします。
また、喋った本人が忘れていても、授業中何気なく話した枝葉のトリビアなんかをよく覚えていて、それを社会に出て朝のブリーフィングでテーマに話した、なんていう報告を聞くと嬉しくなりますね。
手のかかった子ほど、教師を訪ねくるというのも、昔から変わらないようです。
イッセーさんが襄ふうのレトロ帽子を?わあ、それはカッコイイですね。
クラシックかつトラディショナルな雰囲気…ウンウン、伝わってきます(*^o^*)

同志社大のキャンパスなど歩いたら、襄さんと間違えられてサインを求められてしまいそうですね(≧∇≦)
今度是非、自作漫画ででもそのハイカラな姿をご紹介くださいね。(*^o^*)
  • posted by 美雨 
  • URL 
  • 2013.11/25 12:56分 
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ガリガリサワーさま 

こんにちは(*^o^*)
お久しぶりです。お嬢さんも元気で頑張っていらっしゃるご様子、何よりです。あの今出川キャンパスは最高のモチベーションになりますね。
気もよい所ですし。o(^-^)o

義父が京都の出身なので、今回は我が家の業務的なことと伯母の見舞いで、全く観光という訳でなかったのですが、土曜日滑り込みセーフのように入れていただけ、生協委員会の学生さん達に貴重なお話やパンフレットを沢山いただけました。地方出身の方が多いので驚きました。皆さん、知的で博愛精神に富んだ素敵な学生さんばかりで、受け答えも社会人のようにしっかりなさっていました。
もう、うちのトホ息子に会わせたい位で(笑)感動しっぱなしでした。あれも受験生でした(∋_∈)
お嬢さんがキャンパスに行かれるのはよいことだと思いますo(^-^)o

もう少し早く着けたら、クラーク館の公式案内に間に合ったようで残念(ToT)、いつかちゃんと観光したいです。そのときはガリガリさん是非ご紹介下さいね。
あ、合格なさったお嬢様じきじきにご案内いただけるかも?
夕暮れ時の小走り写真ですが、指定重要文化財の同志社大建築物群のイルミネーションが綺麗でした。

ガリガリさんも娘さんも風邪をひかないよう、気をつけて下さいね。o(^-^)o
  • posted by 美雨 
  • URL 
  • 2013.11/25 12:55分 
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NoTitle 

ドラマを通して、
過去があるから現在があることを、
実感しますね。
さらに、美雨さんのレポートで、より色濃く心にのこるように感じます。

感激し、勉強になり、今を感じ、未来へとつながる。
素敵です(^^)
  • posted by ひいち(ひいちゃん) 
  • URL 
  • 2013.11/25 12:36分 
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NoTitle 

大学を作るのは並大抵のことではなかったですね。
ドラマの背景を確かめるように
見に行けるのはすてきです。
  • posted by tedukuridaisuki 
  • URL 
  • 2013.11/24 23:06分 
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NoTitle 

新島襄と徳冨蘇峰の話を聞くと、昔の方が先生と生徒の絆が深かったように感じます。
もちろん、今でも強い絆でつながれた先生・生徒はいらっしゃるのでしょうが、ワタクシも含めて現代の日本人は教育を受けることに恵まれ、また先生も自ら生徒を探し回るなんてこともないので、お互いの関係に「慣れて」しまっているのかもしれませんね。
「一期一会」の出会いは変わらないハズですが、ね。
蘇峰さんが、襄さんの死後も八重さんに尽くしたのは、それだけの感謝の思いがあったのでしょうね。

ところで、襄さんが被っているこの時代の帽子、カッコイイですね。ワタクシも昨年からあのタイプの帽子を買いまして被っております。
クラシックかつトラディショナルな雰囲気に浸れて(似合うかどうかは別にして)気分イイのですが、ジロジロ見られます。
なぜ?

石見銀山のレポートも、とても良かったです!
  • posted by イッセー 
  • URL 
  • 2013.11/24 21:34分 
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美雨さんこんばんは 

速いですね。
すごい文章力に、いつも、たまげます。

今出川キャンパス行かれたんですね。
写真を見る限り、夕刻行かれたのでしょうか?
ご案内さしあげたかったです。

正門前のクレーンが邪魔でほかしたくなりますね。
娘も、モチベーションが下がると烏丸に行ってはキャンパスをうろうろしているようです。
生協委員の学生さん達にも懇談で良いアドバイスをいただけたらしく
美雨さんと同じことを言っていました。
本当に、美雨さんの書かれている通り、新島先生の温かい魂が
今も同志社のキャンパスに染み渡っているようですね。

時間が許せば、娘と、是非案内さしあげたかったですよー。

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プロフィール

MIUMIU 美雨

Author:MIUMIU 美雨
旅、歴史、長編ドラマ(短編も)のレビューやエッセイを書いています。
文化系の記事が多いですが、歴史ドラマ(大河ドラマ:八重の桜)や、韓ドラレビューも書きます。中でもソン・イルグクさんの作品が大好きです。
更新はマイペースで続けていきますのでどうぞよろしくお願い致します。

過去記事は画面右上の検索フォームか左下のカテゴリー、早見表で探して下さい。

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神と呼ばれた男
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強力班
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風の国
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風の国あれこれ
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人生画報
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善徳女王
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