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世界の旅日記や 文化、歴史のぷち・エッセイを書いています。他にも海外、国内のお気に入りのドラマのあらすじ&感想を勝手気ままに綴っています。

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NHK大河ドラマ 八重の桜 第29回「鶴ヶ城 開城」あらすじ、感想 

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大河ドラマ 八重の桜 第29回「鶴ヶ城 開城」

最新の回のあらすじ&感想はこちらをクリック(「八重の桜」各話あらすじ&感想)
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ある粘着ストーカーから、陰湿なイヤガラセを受けています。
「八重の桜28回」感想を、こちらにアップしました。

逆賊の汚名を返上すべく、最後まで「ならぬことはならぬ」の会津魂を貫き通す藩士たち。けれど、新政府軍の怒涛の攻撃に、城も藩士もボロボロに。ついに容保が下した決断は・・・。

NHK総合20:00~20:45 八重の桜HP http://www9.nhk.or.jp/yaenosakura/
29話表
八重の桜OP、BGMにドゾhttp://www.youtube.com/watch?v=6tDZC6aTUxA

第29話あらすじ
1868(明治元)年、9月15日、米沢藩が降伏した報せがもたらされ、会津は最後の援軍の望みも絶たれた。冬の到来が迫り、早く決着をつけたい新政府軍はどんどん砲弾を撃ち込んでくる。対する会津は、雪が降るまで持ちこたえれば戦況が変わると主張する大蔵と、籠城に限界を感じる家老との間で意見が割れる。
そのとき八重が、大蔵の妻・登勢が被弾したというという急報を持ってくる。しかし、二人が登勢のもとに着いたのは一足遅く、登勢が息をひきとった直後だった。痛いと泣き言も漏らさず、一心に”旦那さま”と呼び続けていたことを知り、大蔵は悲しみに暮れる。するとそこに弟の健次郎も駆けつけてくる。大蔵は、敵の砲撃を避け戻ってきた弟に、女でさえ命を張って戦っているのに、なぜ討死するまで戦わなかったのかと怒りをぶつけ、切腹を申し付ける。八重が必死に大蔵を鎮め、母の艶も「もう十分だ!これ以上死ぬことはない」と、脇差しを刺そうとした健次郎を止め号泣する。その修羅場を見ていた容保は秋月に苦悩の表情を見せる。

その夜、八重と尚之助は物見櫓から外をうかがっていた。食料調達に命がけで出陣した父を案じる八重に、尚之助が必ず帰ってくると励ますと、八重は砲撃で穴だらけになっても崩れない城を見上げて明るさを取り戻す。尚之助は「会津も八重も打たれ強い」と褒め、それを言うなら尚之助もすっかり会津の人だと八重も切り返す。
そんな矢先、容保の密命を受けた秋月が、周囲の目を窺い、城を抜け出そうとするのを見、八重はスペンサー銃を持って護衛する。土佐藩陣屋に駆けこんだ秋月は敵に痛ぶられながらも 命がけで容保からいいつかった降伏の嘆願状を板垣退助に渡すのだった。
 その頃、決死隊を組んで食料の調達に出た権八は、腹を撃たれながらも必死に一隊を守り抜き、米俵や野菜を
大八車に載せ帰城する。瀕死の権八は「八重、にしは、わしの誇りだ・・・みなを、守れ」と息も絶え絶えに言い残す。八重の目に涙があふれ、佐久やうらが泣き崩れたとき、急に砲撃がやみ、白旗を掲げた秋月が走り込んでくる。その姿に会津が降伏したことを悟った直後、権八は息を引き取った。
 
明けて21日、砲撃がやみ静まり返った鶴ヶ城で、女達に照姫から説明があり、容保と養子喜徳は降伏式に出て、その後謹慎所に向かうと知らされる。また、女と15歳未満の子供、60歳以上の藩士は不問に付されるが、残りの藩士は猪苗代で謹慎し、処分を待たねばならなかった。容保は藩士達に頭を下げ、長引く戦で塗炭の苦しみを与え、一存で降伏を決めたことを詫び、「このうえは、一命をもって皆の行く末を守るゆえ、何があっても生き延びよ!」と最後の命令を伝える。「恐れながら、殿は間違っておられやす!」すすり泣く藩士の中から八重が進み出て、帝と幕府に忠義を尽くして戦ってきた会津がなぜ逆賊としてそしらねばならぬのか、多くの藩士が会津の誇りを守るために命を散らせたのに、日本中に会津が逆賊でないと証明できるのは、容保しかいないと説得する。「何があってもお殿様は生きてくだせえまし!」容保の頬に一筋の涙がつたい、大蔵は命に替えても殿をお守りすると誓う。
 布のはしきれを集め女性達が縫い合わせた白旗に、照姫が毅然と「降参」の文字を書き入れ、場外に掲げられた翌朝、やがて裃(カミシモ)を着た容保が 八重や藩士達に見送られ、降伏式に向かう。

その晩、八重は蔵の壁に笄(かんざし)で歌を刻んだ。辞世とも読めるその歌を見て、佐久が八重に声をかける。男に混じって猪苗代にいく覚悟の八重の決意を見抜いている母に、八重は「自分の指揮が至らなくて死なせてしまった者や、鉄砲を教えたために命を落とした子供達への負い目があるから、それを放り出す訳にはいかない」と謝る。しかし猪苗代に行けば命の保証もなく、たった一人の可愛い娘を失いたくないと、母が涙ながらに抱きしめる。そんな二人の姿を、尚之助は後ろからそっとみつめていた。
城が明け渡される9月23日、女達がプライドを以て最後に拭き清めた城の廊下を、官軍が土足でズカズカ踏み入ってくる。猪苗代に送られる藩士達を敗者としてあざけり 賊軍と侮辱するが、みな容保に塁が及ばないようにと、鬼の官兵衛すらが耐え忍ぶ。代わりに賑やかに会津の民謡・げんじょ節が歌われ、歌に合わせゆっくり城から歩き出した矢先、突然尚之助が八重の手首をつかみ、「女が紛れ込んでいるぞ!」と叫ぶ。八重は抵抗するも女だからとつまみだされ、尚之助は八重の無事を見守るよう去っていく。ひとり取り残され、唖然とする八重だが、抜けるような秋の青空に満身創痍でそびえたつ鶴ヶ城を見上げ、八重は意を強くしてゆっくりと立ち上がるのだった。

・・・ということで、次回は第30話「再起への道」です。


第29話の名カットシーン

目がものをいうとはよく言ったもの・・・台詞なくても、なんと雄弁な眼!
会津にこのひとあり!と謳われた、この方がた、この目をみるだけで泣けてきますね。

悔しいよお!

ズギュゥゥーン 
ズギュゥゥーン 撃ち抜かれる父

もう十分だ!!誰も死ぬことはねえ!!

官兵衛の慟哭

時尾の涙

最後の軍令じゃ・・・生き延びよ!!

八重29話2

母との別れ おっかさまごめんなんしょ



八重の桜、こんなところが好き!感想&雑記

鶴ヶ城の開戦以来、涙漬けの7月。
そして、ついにこの日が来てしまいました。
権八おとっつぁまの死、尚之助との永遠の別れ。

このドラマを見るまでは、新島襄寄りの美雨でしたが、七か月も見続けていれば情も湧き、この小鳥のような睦まじい夫婦の、生木を裂くような戦争の爪痕を恨まずにいられない。
ということで、今日は思いっきり尚之助のことを綴ってみたい。

五稜郭の戦いまで、旧幕府軍と官軍との戦いは終わりませんが、自分的にはこの回で一つの山場が終わったような ―― 今日八重のように、城壁に開いた穴から一陣の風が吹き抜けていったような寂しさを感じています。

「そんじも空は、変わらねえのか」

満身創痍にそびえたつ鶴ヶ城を見て、勇気をもらう八重の明るさ、前向きさ・・・心痛むシチュエーションであっても、希望の光を見出す八重を信じ、危険の大きすぎる猪苗代行きから外そうと敢えて「女が紛れ込んでいるぞ!」と叫んだ尚之助の大きな愛。
「私は、国とはそこに住む人のことだと思います。会津も、八重さんも打たれ強い」と讃えた尚之助にとって、八重は会津そのもの。正直、殿よりも生きてほしい人だったに違いない。

対して、「んだら、尚之助さまもすっかり会津の人だなし」と言う八重に「んだなし」とぎこちない発音で返す尚之助の心は、八重の言葉通り立派に会津の男。

長谷川博己さんのインタビューでも、
「尚之助の士官を認めない頑固な会津を出て、その腕を生かすため他藩に行って構わないと覚馬から伝言があった。でも、その頃にはもう尚之助自身のなかに会津魂といえるものが芽生え育っていて、自分の生きる場所はここ会津でしかないと感じていたはず」という。また「京都にいる覚馬の分身として、会津と山本家の支えになる存在になろうとした尚之助の気持ち――それは同時に、八重との縁や愛情が核であったと思う」と語っておられました。

思えば、国外の人間であった尚之助は、客観的な目で大局から俯瞰するように冷静な分析と判断が出来た人。時勢の変化を敏感に察し、戦に備えて会津周辺の見聞録をまとめ、反射炉の築造を藩に建白したのに、会津の頑迷さゆえに反射炉増築も銃の刷新も間に合わないまま突入した会津戦争で、いまあるだけの武器や大砲を最大限に使って奮戦する尚之助は、いまや会津藩士以上に頼れる真の会津男になっていた。努力が報われずとも、最後までまだ何かやれると行動する尚之助を見ていると、本当に覚馬の分身のように思えてきます。

余談ですが、その尚之助の実力と活躍ぶりを示すエピソードとして、美雨の愛読書であるあさくらゆうさん著の『川崎尚之助と八重』から、こんな記録を少し。

~尚之助と八重、最後の戦い~抜粋
豊岡口(八重と小田山に向かって四斤山砲を撃ち込んだ神社)の砲台は、ついに残り二発だけとなった。時尾の弟であり西郷寧太郎隊に所属していた高木盛之輔はこのとき、最後の二発を撃つ川崎尚之助を目撃していた。
この二発を間違いなく小田山に命中させる――これが、川崎尚之助の出来る会津藩への唯一の使命だった。砲弾を装填して照準を合わせる。目視で距離を測り、高低さを計算する。小田山の距離感はすでに熟知していたが、条件がすべて揃わなければ命中できない。
「発射!」
さすがに大砲方頭取の腕前だった。この一発が見事に敵の大砲陣地に命中。続いて二発目。先込め式なので、再度照準を合わせ計算する。一度発射しているのでその余熱も加味しなければならない。
「発射!」
この狙撃も見事に敵の大砲陣地へ命中。敵の大砲陣地は寸時の間砲撃を止めざるを得なくなった。豊岡口を守るすべての味方が歓声をあげる。しかし、これですべての弾は撃ち尽くした。四斤弾の信管は城内で製作することが出来なかったからだ。
この砲撃をもって会津藩は小田山を攻撃する術を全て失った。その最後の攻撃こそが川崎尚之助の最後の晴れ姿だった。


こんなエピソードを知るにつけ、どうしてご家老達は尚之助の反射炉増築の建白や、五つの堰を破られてからの押さえをもっと早く聞き入れなかったのか・・・
まあ、100年後に生まれた人間があれこれ言ってもせんなきことですが(笑)尚之助の真実の姿を知れば知るほど、胸が熱くなり、そして痛くなる。
こんな一途な性格が、会津や八重を守りたさから晩年の彼を追いこんで行くわけですが、せめて、再びの邂逅を、もう一度!今日八重を突き放したその訳を話す為にももう一度・・・!と思ってしまう。あさくら氏によれば再びの邂逅は無かったとの事ですが、長谷川さんの言「これからの尚之助がドラマとしてどう描かれるかは、わかりません。八重とどう別れ、そして再び会う事はあったのか、なかったのか。僕も楽しみにしているんです」に、一縷の望みを託したいところ。


もうひとつ永遠の別れ。
頑固で厳しいイメージとは裏腹に、おちゃめで優しい一面をのぞかせた おとっつぁま、戦場でもその優しさは変わらず、娘を思い、仲間を思うその姿に、心動かされた人も多いはず。松重さん演じるおとっつぁま、美雨も大好きでした。(涙)

晩年になっても八重は、「父母の恩きわまりなきこと天地と等しく、父母なくんば何ぞ我あらん」と詠んでいます。父なくしていまの自分はない、と言い切る八重、血肉をもらっただけでなく、魂をも受け継いだと信じているでしょう。
大蔵が会津を離れる際八重に贈った”あなたは会津そのものだから”という言葉に表されているいるように、八重は、会津魂のかたまりみたいな女性ですよね。

そして、開城まえ、城の床を掃き清め、負けても失わない会津女性たちの誇り。
何より、降伏式において新政府軍代表の板垣に降伏謝罪書を手渡す容保の姿も堂々としたもので、敗戦の将の翳りはありませんでした。

この会津魂に半年以上どっぷり漬かったファンとしては、会津戦争が終わり、肩の力が抜けてしまい、これからどんなドラマが展開されるのだろうと 複雑な気持ちですが、本当に生きていくための戦いは、これから始まるのでしょうね。




  八重の桜かると 鶴ヶ城、開城までの五日間


一ノ堰の戦いで八重の父、権八が戦死

おとっつぁま
引退の年齢に達していたが激戦区で立派に隊を指揮し戦死した権八。その一ノ堰に立つ墓

総攻撃によって鶴ヶ城の外郭を突破した新政府軍は、佐川に確保された会津藩の食糧補給路を断つため、城の南方へ兵を差し向けました。家老・一ノ瀬要人が率いる会津軍は、生命線である食糧補給路を死守するべく奮戦し、いったんは新政府軍を退けます。
しかし、新政府軍は2手に分け、一ノ堰に布陣する会津軍を西側と北側から挟撃し勝利。玄武隊の士中退として出陣していた八重の父。権八は、この戦いで戦死します。鶴ヶ城が開城されるわずか5日前のことでした。



食糧補給を断たれ、ついに会津が降伏

頼みとしていた奥羽列藩同盟の消滅や、食糧補給路の断絶で、会津藩は追い込まれました。そんななか、新政府軍の板垣退助の意向を受けた米沢藩が、会津藩家老・萱野権兵衛に手紙で降伏勧告したのです。
新政府軍に降伏した米沢藩も藩主の命が保障されていたため、軍議で降伏を決めた容保は、手代木直右衛門(勝任)と秋月悌次郎を使者として派遣し、米沢藩を通じて板垣に降伏の意を示しました。そして、降伏上のひとつである白旗の作製を命じたのでした。


降伏式 開場前の、ボロボロになった城


無念の思いで縫い合わせた降伏条件のひとつの白旗

絶対絶命の状況でも余裕にあるところを見せつため、唐人凧を揚げて応戦するなど城内の士気が高かった会津藩では、降伏が告げられるた夜、女性たちが泣きながら針を動かしていました。実は白い布はすべて包帯として負傷兵に使用していたため、女性たちは端切れを集めて白旗を縫い合わせていたのです。
翌日の午前10時、大きく「降参」と書かれた白旗が城門に挙げられました。約1か月間の籠城戦に耐えた鶴ヶ城の天守は、大量の砲撃をあびて見るも無残な姿となっていました。


懐かしいげんじょ節

役者に交じって、会津の民謡をうたう会のみなさん
役者に交じって、会津の民謡をうたう会のみなさんが・・・

覚馬や八重の祝言(婚礼)でも歌われた懐かしい「玄如節(げんじょぶし)」。
この歌が響くときはいつも撮影に会津民謡の会の方がドラマに登場、俳優達に交じってその唄を披露し、なんともアットホームな宴会に盛り上げていました。いま海外では、K-POPのように参加型のエンターテイメントが流行っていますが、さすがNHK、会津の人たちを巻き込んで民謡を披露してもらうなど、先取りしていますね(^_-)-☆
しかし、CMでもご存じ”はぁ~あ、会津磐梯山は 宝の山よ~”という歌詞も、「玄如節」からの転用だったとは・・・この大河を見なければ一生わからなかったことです。
敗戦の処分待ちで、男性藩士達が猪苗代に連行されるとき、誇らしげに歌われるげんじょ節を聞いて、八重が尚之助との祝言を思い出し、彼が唇にさしてくれた覚馬の京紅のことを語るシーンは胸が痛みました。
いまは男の身なりの八重ですが、いつか女らしく、あの紅を再びさせる、平和な会津が蘇ったらいいのに・・・そんな思いがこみあげますね。

玄如節(げんじょぶし)    このような節です。
http://www.youtube.com/watch?v=X-3IZ2vETbc


やりきれない思いで、雑物蔵の壁に歌を刻む八重

明日の夜は・・・
                城の南西・八重が辞世の歌を刻んだ雑物庫跡にたつ荒城の月の碑
      

会津藩が降伏して開城する前夜、煌々と輝く月に涙しながら八重は雑物庫の白壁に笄で和歌を刻みました。「明日の夜は 何国の誰かながむらん 慣れし御城に 残す月影」という歌からは、敗戦の悲しみがにじみでています。
籠城した男性は猪苗代で謹慎を命じられましたが、女性である八重は自由の身となるはずでした。しかし八重は、男装して亡き弟・三郎を名乗り、ほかの会津藩士たちとともに猪苗代に向かいましたが、途中で女性であることがバレて追い返されてしまいました。


八重の歌が綴られた、会津塗り・黒漆のミニ屏風。(東京・八重洲 福島観光交流館にて)
会津塗りの屏風絵 八重の歌が・・・
時尾が、斉藤一に春の会津を見せたかった・・・の台詞が、背景の八重桜と被ってホロリ(涙)


籠城戦で降伏し開城となる前夜、八重が鶴ケ城の壁に残した歌です。
   
明日の夜は 何国(いずこ)の誰が眺むらん 
              慣れしお城に 残す月影


荒城の月のモデルともなった秀作といわれていますが
八重の瞼にうつる光景と心情が、涙ぐましく伝わってくる歌ですね・・・。

会津の歴史散策には、こころに響く女性たちの歌が欠かせないと ひとは言います。
以前は幼く可愛らしい歌を詠んでいたのに、八重は、いつの間にか、このような心の琴線揺さぶる立派な句を綴るまでに成長していたのですね。いつも思うことですが、逆境こそが、彼女を育て輝かせているかのよう。

そしてこのとき既に、彼女は解放される女の列に加わらず、処刑されるかもしれない男の列に加わる覚悟を決めていた。逃げようと思えば女に逃げれた八重なのに・・・こうした本質こそが、新島襄に「彼女は心がハンサム」と言わしめ、後世「ハンサムウーマン」として定着した所以でしょう。
彼女がジャンヌダルクと謳われたのも、単に銃や武器をもった「戦う女」だったからではありません。

猫も杓子も手のひらを返したように「新政府、新政府」の大合唱をして、全員が勝ち馬乗り心理の”小汚さ”のなかで、一方的に「反逆者」の汚名を着せられた会津。
 
そんな非道な力に決して屈しない!の信念から、たとえ負けが見えていても歴史の逆境に立ち向かった会津の 名もなき戦士として、自らの散りぎわを心に決めた八重は、やはり”会津のジャンヌ・ダルク”に相応しい、もののふだったのでしょうね。



美雨



「八重の桜」各話あらすじ&感想
http://yonipo.blog13.fc2.com/blog-category-81.html

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MIUMIU 美雨

Author:MIUMIU 美雨
旅、歴史、長編ドラマ(短編も)のレビューやエッセイを書いています。
文化系の記事が多いですが、歴史ドラマ(大河ドラマ:八重の桜)や、韓ドラレビューも書きます。中でもソン・イルグクさんの作品が大好きです。
更新はマイペースで続けていきますのでどうぞよろしくお願い致します。

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