美雨の部屋へようこそ

世界の旅日記や 文化、歴史のぷち・エッセイを書いています。他にも海外、国内のお気に入りのドラマのあらすじ&感想を勝手気ままに綴っています。

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土門拳の芸術 『室生寺』 『筑豊のこどもたち』

土門拳の芸術 『室生寺』 『筑豊のこどもたち』

土門拳をご存知でしょうか。
写真家で、『古寺巡礼』『筑豊のこどもたち』で有名な写真家ですが、日本の美術史に名を残す人です。
土門拳の撮った写真は、生命の美しさを永遠に写し留めています。


吉祥天2


土門拳の生まれ育った酒田市にある記念館を訪れたのは、昨年、夏の終わりでした。

そしてまた、再びの酒田へ。
写真好きの相方に、どうしても土門拳の芸術を紹介したかったからです。

子どもの頃、父が揃えていた雑誌「太陽」だったと思います、写真家特集を見たのが始まりでした。
土門拳さんの作品にふれる機会があったのは幸いなことです。

ただ、イメージとしてよく覚えているのは古い寺と仏像たちの人間的な素顔(あとで「室生寺」と知りました)、そして昭和の原風景を映す、『筑豊の子供たち』でした。
嘘のないまっすぐな目線、ひとをみつめるやさしい眼差し・・・自分自身こどもながら、写真の中にある”何か”を感じられたのだと思います。

偶然が重なり、酒田の土門拳記念館へ行けた事は、自分の生涯の中で最も意味のある出来事かも知れません。



吉祥天


土門拳記念館


近代的でモダンな建物の記念館なのに、なんて自然の景観と調和していること・・・

霊峰、鳥海山を借景にうつす大きなお池があって、白鳥もいて、イサム・ノグチの彫刻もあって・・・・加えて土門さんのコンセプトを120%表現しつくしたような谷口吉生さんの建築がまた素晴らしい。
百聞は一見にしかず、やはりこの記念館だけは,写真でなく 足を運んで実感するものだと思います。

そして、館に足を踏み入れ目の当たりにする数々の写真は、ときを忘れさせ、圧倒的な迫力をもって見る人の胸を打ちつづけます。

記念館、ということで、土門拳の時代を反映した、昭和の風景のスナップばかりかと思っていたのですが、土門拳の仕事を広く網羅していて、彼の生涯の仕事を振り返ることができる創りになっていました。

物事の真ん中を射ぬくような鋭さと、
それでいて時代と真直ぐに向きあおうとする土門拳の優しさが大好きです。

魂を握り揺さぶる生きている写真の群れ ・・・
写真の美術館で、こんなに全身を揺さぶられるような感覚は初めてです。
彼の写真の中には、鬼がいる・・・そんな感覚。



土門健記念館


脳梗塞で右手が使えず左手で墨で書いた「古寺巡礼」の文字・・・土門さん直筆の力強い筆使い
古寺巡礼



土門さんの作品集では、何といっても『古寺巡礼』が好きです。

陰影から仏像の動と静、陰と陽が伝わってきます。
室生寺の写真に出会い、仏像との向き合い方が変わりました。

特記すべきは、ヒーローの四天王や帝釈天ばかりを被写体にするのでなく、踏みつけにされた天邪鬼(アマノジャク)や陽の当たらない化仏たち(観音さまの頭についた仏)の後頭部ほんの小さな仏に スポットライトをあてる土門さんの遊びごころ・・・凡人は、気付こうともせず通り過ぎてしまうばかりなのに・・・・
にらめっこしたら、絶対負けてしまいそうなこのユニークな笑顔を、ここまで 写し出せる土門さんのセンスとメカニズムの妙。

土門さんの言葉「時に本質的なものをえぐり、時に瑣末的なものにかかずらあおうとも、無差別、平等な機械(メカニズム)の働きそのものにすぎず、そこがおもしろいのである」を思い起こさせる、”名写”です。



観音様より頭部の化仏に目がいってしまう
観音様より頭部の化物に目がいってしまう  室生寺のユニークな仏さま どこかでみかけそうな顔ですね
                室生寺のユニークな仏さま どこかでみかけそうな顔ですね



このライティングの妙、大胆な構図・・・
その強烈なメッセージは、 いったい何が見えてこの写真を撮れているのだろう?と
疑問をかきたずにおきません。

これほど美しくお寺の四季や仏像を撮れる人は 今だっていないと思います。
ただシャッターチャンスを狙うだけでなく、 何年も通い続けていないと決して出会えない 風景を撮った土門さんって一体!?
土門さんのライフワークであった『古寺巡礼』は、言葉では表せない、まさに写真の持てる能力を存分に発揮した作品でした。「目に見える物は必ず写真に撮れる」彼の言葉が思い出されます。

なかでも、JR東海の奈良の2008年冬のCMに土門さんの「室生寺」が登場したときは 旅の記憶と土門さんの写真がないまぜになって、胸がゆさぶられるほどに感動したのを覚えています。
十二神将が光りながら一躯ずつ現れる様には、興奮を覚えます。 (よく見ると奈良国立博物館に寄託している辰神・未神は出ていないので十躯ですね。笑)


こちらです
http://www.youtube.com/watch?v=ZVgdfITtsLw



CM恒例の曲、ボロディンの「ダッタン人の踊り」も効果的に、 厳かで静謐な室生寺の冬を演出していると思います。

室生寺 ―― 私が訪れたのは随分前ですが、懐の深さ、やさしさ、強さをもった静かなお寺でした。土門さんも撮ったあの門を入ってからお寺までの階段を上っていく間、誰ともすれ違わなかったのが、何だか別世界に入っていくような錯覚。
たぶん今も同じたたずまいでしょう。

いえ、そうあってほしい・・・・


女人高野 室生寺
室生寺2




筑紫のこどもたち


さて、土門さんのもうひとつの側面であり、ライフワークでもある
ドキュメントフォトの凄さ、メッセージの強さに改めて圧倒され続けています。

中でも目を引いたのは、昭和34~35年、国のエネルギー政策変更による炭鉱閉山で赤貧、どん底状態の炭鉱町の小学校での昼食風景です。

20人位の子供が写っていますが、お弁当のない子どもが数人います。
彼らは学級文庫の漫画雑誌を読むふりをして、楽しい筈の昼時をやるせなく過ごしているようです。お弁当を食べている友だちを見たくないのでしょう、雑誌を立てて顔を埋め回りを見ないようにしている女の子もいます。

初めて見た時、後の世代で飽食時代を過ごした私には衝撃でした。古い写真とはいえ東京オリンピックよりほんの数年前の日本での現実です。久しぶりに見てまた感動を新たにしました。若い世代にも是非見ていただきたい写真。

貧しくても、たくましく育つ子供たちの笑顔に、こころ打たれる作品です。


土門さん1




交通の便が悪く、次の予定地へのバス・電車の乗り継ぎ時間を気にしつつ、2時間ほど滞在しましたが、ちょうど高揚した気分のときに時間切れ・・・
タクシーの運転手さんが呼びに来て、後ろ髪ひかれる思いで酒田を後にしました。
私の触れた酒田の人たちも本当に温かい方たちでした 。


むすびに、土門拳の遺した言葉です。

「写真は肉眼を超える」「自分がついにゼロになった時、素晴らしい写真が撮れる」

限られた人生の中、自分の追求すべき姿、目標の本質が全てこれらの言葉に凝縮されていると思います。

昭和の大切なものを残してくれた土門拳。
「土門拳の昭和」というより、土門拳が昭和そのものだったんだと感じた、ひとときでした。



美雨



最後まで読んでくれてありがとう
土門さん
パチリ


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休日なのでコメント欄、閉じていきますが皆さん、どうぞ良い週末をお過ごしください。^^
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ルルドのお水が飲みたくて  ~マサビーユの泉 、フランス~

ルルドのお水が飲みたくて  ~マサビーユの泉 、フランス~


最後のポーションを解凍して、飲み干した記念日。

フランスのルルド・アソシエーションに小切手を送って、お水を待つこと一ヶ月。2ボトル分頼んだ筈がなぜか1ボトルしか送られてこなくて、更に待つこと一週間。で、我慢できず(笑)小分けにしてみんなにおすそわけ。

奇跡を起こす水として自分や家族の病を治したいと、世界中から訪問客が訪れるルルドの泉。ただし現在はいきなり行っても許可制になっているから、水は汲めないのです。
わたしも初めて知ったのですが、このお水は、ノートルダムの管轄化にあるんですね。(SANCTUAIRES NOTRE-DAME)
もちろん一般企業が採水したり売買なんて絶対ありえないだろうけど、教会の管轄下にあれば絶対に誤魔化しは無いだろうと、二倍のお金プラス端数(低額紙幣が入手できないため)大きなお札で送ったんです。ボトル二本でいくらいくらと内訳も書いて。もちろんおつりはcharity(募金)と書いて・・・
でも、聖職者のかたには通じなかったようですね。(苦笑)
ちょっとガッカリでした。案外企業のほうがその点キッチリやってくれて輸送も早いのかも。バチあたりでしょうか。 水を買うというよりはおかげを買うのですものね。(笑)
このお水、最近の研究で、ゲルマニウムを含んでいるのが病気を治癒する力となってることもわかっています。


ルルドのお水



さて、ルルドの―マサビーユの泉に話を戻します。
聖女と呼ばれるずっと以前、幼いベルナデットが見たという聖母マリアが出現したマサビーユの泉。
泉と呼ばれる場所には、神が宿るといいます。
信仰とべっこにしても、清冽な水の湧くところは地球のポジティブなエネルギー放出ラインと考えていいと思います。前にも話ましたが、私は元気が出ないとき、気が萎えているときは必ず綺麗なお水を汲みに行きます。幾層もの地層を経て何十年何百年とかけて涵養され大地のエネルギーをまんたんに凝縮し岩盤をつきあげて湧いてくる、水のいのち。
風水では、それは地中の竜脈と呼んで、健康を左右するエネルギーラインとされています。これって信仰や占いというより科学ですよね。(笑)

霊眼のある人に言わせると、わが国の泉や滝では竜神が舞っているらしい。
ケルト民族たちには泉の周りに妖精たちが輪舞をしているのが何度も目撃されています。
1858年、病める人々を癒すべくこの泉を掘るように啓示を受けたというマサビーユの泉(岩盤)で、聖女ベルナデットが見たものはやはり水に籠もった精霊だったのかも。



源泉
源泉

腐敗しない聖ベルナデット
ヌベールの修道院の聖堂で眠る、腐敗しない聖ベルナデット



ベルナデットの奇跡と迫害の、波乱に満ちた生涯を白黒映画に観た幼いあの日から、私はいつか絶対にルルド(マサビーユの地)に行く!と決めて幾ちとせ。ここには、絶対に何かあると子ども心に直感し、他にも目ぼしをつけた聖地がいくつもありながら、大人になってもずっと希望の灯をかき消すことのなかった場所。
ルルドは、やはり「水」というキーワードが決めてとなっていたのかもしれません。

ルルドのことを語り出すと、このつきせぬ泉のようにいくらでも賛美の言葉が湧き出て止まらなくなってしまう。


治るといいな。
彼も彼女も。あの子もこの子も。
というか、この泉の命を感じる全ての病めるひとたちが。


❤おまけ❤

ルルドのお水を使ったキャンディー
ルルドのお水を使ったキャンディー
❤今日も読んでくれてありがとう❤


盆休みでコメ欄のみ閉じさせていただきました<(_ _)>皆さん良い夏休みをお過ごしください。


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つる薔薇の美しい古都チェスターはローマの”城砦”が語源

つる薔薇の美しい古都チェスターはローマの”城砦”が語源


大好きな街、チェスター。
留学でお世話になった街でもあります。

町の起源は紀元前にさかのぼり、ローマ軍がウエールズの部族を制するためにこの地に砦を築いたことからついた名前です。古くはチェスターは陣砦を意味する言葉でした。長きにわたるウェールズの攻勢にそなえ、城壁はより長くそしてより強化されていきました。

チェスター・カセドラル(大)
チェスター大聖堂(カセドラル)



その後も、バイキングやウィリアム征服王の侵略を経て、17世紀の清教徒(ピューリタン)革命で街と城壁は無残に破壊されますが、18世紀にみごとに修復され、美しいチュダー王朝の街並みに生まれ変わります。
かつては街の南側を流れるディー川:River Deeに港を持ち、商業都市としても栄えていました。近世以後は近隣のリヴァプールやマンチェスターが台頭してきて取って代わられてしまいましたが、そんな大産業都市に囲まれて、チェスターは古代ローマと中世の街並みを伝える静けさをたたえています。



チェスター 古いローマの城塞都市
チェスター 古いローマの城塞都市



イギリスはどの街も薔薇の庭が美しく、薔薇を愛する人でいっぱいですが、ここチェスターの街で幾度もみかけたピンクと黄色いつる薔薇はなぜか忘れる事ができません。手塩にかけて育てたガーデンローズとはまた違った自然の強さと奥ゆかしさを醸し出すつる薔薇がこんなにも美しいと感じたのは、この街の本質とも通じる何かがこの薔薇にあるからかもしれません。そんなつるバラのどこより美しい街チェスターを、今回日記に綴っておこうと思います。



れんがを這う黄色のバラ
れんがを這う黄色のバラ



古いローマの城壁に囲まれたチェスターですが、市街は中世から近世にかけての街並みがそのまま見られ、黒い木の格子に縁取られたチューダー朝様式の建築が美しいです。
中世の街そのもののようなチェスター市街の中心に、シンボリックな白壁に黒い木組みの有名な家があり、その二階部分の回廊はなんとショッピングアーケイドになっています。古いものを大切に残そうとする英国人の精神は、この街にも色濃くあらわれていますが、その名も「ザ・ロウズ」と知って思わずほっこり。偶然なのでしょうが”THE ROWS”という響きがroseとも韻を踏むように共鳴して、薔薇の街にふさわしい香りを添えている気がした美雨でした。



チェスター チェダー王朝式の街並み
チェスター チェダー王朝式の街並みと、二階回廊アーケード、ロウズ



さて、もうひとつのチェスターのシンボル、チェスター大聖堂(カテドラル)です。ここは聖なる祈りの中心地なのです。ローマとサクソン、そしてノルマンのせめぎあったチェスターの歴史にふさわしく、聖バーバラを祀ったサクソン教会の跡地に立つ1092年に修道院として再建され、ノルマン式の教会が建てられました。その後も12世紀から手が加えられ、250年の歳月をかけて今の形に完成しました。北側の翼廊やクロイスター(四角い回廊)は12世紀当時の姿のままですが、そこに住む人と祈りに来る人の姿は変わり、カテドラル内部にはみやげ品や本屋などのコーナーが設けられていました。




カテドラルのばら窓
カテドラルで買ったバラのしおり
チェスターのカテドラルのしおり



上のしおりはもうボロボロで紐はすりきれてしまっています。On duty(仕事のフライト中)に誕生日を迎え、自分にちっちゃなご褒美のつもりで買った、懐かしいバラの香りのするしおりでした。
これは捨てられません。チェスターの思い出と共に、ずっとレギュラー選手で幾冊の本にいだかれてきた、これからもいだかれるであろう、大切な読書の友でもあるのです。

書いてある詩が好き。
何という詩人が書いたのかもわからない、ひっそりとカテドラルの土産屋の片隅で出会う人を待っていたような、ちっちゃな薔薇の花びらの詩。


The years fall gently from thee,

love..as petals,

when the blossom's done..

I gather each one tenderly...

and save the petals,

one by one.

I place each each one within my heart

and very slowly,one by one...

the petals from a rose again...

forever sweet,

forever young.


すてきな薔薇の花びらを心に溜めていくメッセージ。
花びらの一枚一枚が、誕生日ごとの永遠にSweetで永遠にYoungな心の中のしおりなのでしょう。

聖なるカテドラルの片隅のしおりにも、チェスターのつる薔薇はかぐわしく薫っていました。




美雨

つるバラ
つる薔薇以外のカテドラルの住民、リス
カテドラルに住むリス



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バルセロナの落とし子 アントニオ・ガウディ―の遺産

バルセロナの落とし子 アントニオ・ガウディ―の遺産


帰り便の中で、日記に揚げる内容を忘れないうちにチェック。
バルセロナの空港から共同運航のツルマル機でパリ経由、成田へ。

カサ・バトリョ


「海の中みたい」 「砂糖菓子みたい」 「龍のうろこみたい」

視る人の目の数だけ全て違う感想があるオブジェって素敵。
しかもそれが建築であれば尚更。

ガウディの建築ってわたしにとっては住居というよりはオブジェに近い。
芸術全てに言えることだけれど、名作とは作者の一方的な押しつけではなく 観る者の想像力を、自由に遊ばせてくれる空間を創り出してくれる作品であると思うし、逆に、対象物の名詞的な名を持たないものこそ、アートの本質ではないかと考えています。

ガウディーの創造物は家であって家でなく、オブジェであって家であったりと、さまざまなイマジネーションとイリュージョンが交錯したり回帰しつつ視る人の心をもてあそびます。



Antoni_gaudi.jpg


アントニオ・ガウディ(Antoni Gaudí i Cornet )の生涯について。
1852年にバルセロナで生まれ1926年に没したガウディは、スペインを代表する建築家です。

あまり裕福でなかった彼は、26才のとき、パリ博覧会に出品した手袋屋のショーケースが富豪、エウセビオ・グエルの目に留まり、グエルの依頼で多数の設計を行いました。これによりガウディはモデルニスモの代表的建築家として名が高まり、883年にはサグラダ・ファミリア(聖家族教会)の設計引継の依頼を受けたのです。この過程で彼は信仰に目覚め始め、1914年以降は他の仕事を断って、サグラダ・ファミリアの設計をライフワークとしました。しかし、不運にも1926年教会にミサに向かう途中、路面電車に轢かれました。身なりに殆ど気をつかわない彼はみすぼらしい服のため、貧民の為の病院に運ばれ、それで手当てが遅れたために、三日後に息を引き取ったと言われています。サグラダ・ファミリア(聖家族教会)は未完成で、現在も工事が続けられています。



サグラダファミリア
ガウディ3



独特な設計手法 について少し。
彼の建築は曲線と細部の装飾を多用した、生物的な建築を得意とし、その独創的なデザインは多くの建築家や芸術家に影響を与えました。その設計手法は独自の構造力学的合理性と物語性に満ちた装飾の二つの側面より成立しています。網状の糸に重りを数個取り付け、その網の描く形態を上下反転したものが、垂直加重に対する自然な構造形態だと考え、石工がしり込みするような建築を作らせたのです。工事中の建物の内部に立ち、身を持って安全性を示そうともしました。装飾は形式的なものに留まらず、植物・動物・怪物・人間などをリアルに表現しています。

彼は、設計段階で模型を重要視し、設計図をあまり描かなかったことでも有名です。設計図は役所に届ける必要最小限のものを描いたのみ。そのため彼の設計図はあまり残らず、替りに模型が多数残り、現在のサグラダ・ファミリア(聖家族教会)の工事は残された模型を尊重しながら進められているそうです。

代表作
☆グエル邸
☆グエル公園
☆カサ.ミラ
☆カサ.バドリョ
☆サグラダ.ファミリア

そのいくつかをここで紹介してみます。



カサ・ミラ
ガウディ2


カサ・ミラ(1906-10年)

別名ラ・ペドレラ(石切り場)
繊維会社の経営者で国会議員であったガウディの崇拝者ミラ氏と、その妻でガウディと同郷のロサリオ夫人の注文で建設されたもの。
テーマは「山」のイメージ。地下に馬車用の駐車場を設計に組み入れたことも完全に現代を先取りしていて驚かされます。屋上テラスに林立する換気塔のフォルムがユニーク。まるで巨人や怪人が立ち並んでいるような超現代的でファンタジックな風景を演出しています。

ひとつ下に紹介するカサ・バトリョ共にどちらも一流ブランド街で、近年「パルセロナのシャンゼリゼ」と称されつつあるパセィジ・デ・グラシア通りに面しているので、散策がてら気軽に立ち寄ることができます。
夜のライトアップされた風景もお奨め。



カサ・バトリョ
ガウディ1


カサ・バトリョ(1904-06年)

繊維業のブルジョワ、バトリョ家の邸宅。
「海」のイメージを建築化したものとされています。
内装材としては木材、ガラス、鉄細工、陶器などを造形して独特の曲線表現が駆使された自然主義建築の傑作。内部の2つの吹き抜けの空間には青を基調としたタイルが貼られています。屋根裏部屋の放物線の連続アーチも不思議な空間を形成しています。レトロなエレベーターが機能しており、屋上に登ることができます。



サグラダファミリア正門
ガウディ5


そして、バルセロナと言えばアントニオガウディの代表作、サグラダファミリア。


かつては、完成は100年後か、はたまた200年かかるかわからない。とされていたものですが、鉄筋コンクリート工法が取り入れられてからは、急ピッチで工事が進み、今ではあと20年程で完成するだろうと言われています。

ガウディの時代に建てられた受難のファサードは、20世紀前半を代表する教会建築として、そして誕生のファサードの斬新な彫刻群は、20世紀後半の時代を記した前衛建築として、後世の評価を受け続けることでしょう。
まだ着手されていないメインの正面門は、果たしてどんな姿になるのでしょうか・・
それは21世紀の前半を象徴する、現在の私たちには想像もできないような、新たな様式となって出現するのかもしれません。



ガウディのらせん
ガウディのらせん
安定の哲学は”らせん”?




ガウディの設計は人間工学に基づいていて、 サクラダファミリアなどに配置されてる奇妙な形をしたベンチ等、全てにそれぞれ理由があると言われています。

例えば、ガウディの印象的な構造物である館内の柱などの あのらせん状の捻り。

星はそれに加わる力に従って軌道を決めますが、更に自転しているその動きは螺旋であることから、安定する構造物は螺旋状と考えたらしい。

色に関してもそうです。

これはガウディの残した言葉ですが、

「自然が我々に見せてくれている物で 色がついてない物はひとつもない
植物も地質も地形も動物も 皆多かれ少なかれ色彩によって
生命を与えられ引き立てられている
だから全ての建築物には色をつけねばならない 」
ガウディ

奇妙に見えて、懐かしいくらいに生理的に惹かれるのは宇宙や自然界の原理に基づいているからかもしれない。
これが彼の哲学だったのでしょうね 。




美雨


ガウディのトカゲ。流れる水がヨダレっぽいところまで流石(笑)
ガウディのトカゲ。流れる水がヨダレっぽいところまで流石。
❤今日も読んでくれてありがとう❤



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祝 !! 宗像・沖ノ島が8資産すべて関連遺産群として ユネスコの世界遺産に

おめでとう !宗像・沖ノ島が8資産すべて関連遺産群として ユネスコの世界遺産に

      海の正倉院―沖ノ島の至宝 
            ~宗像三女神ものがたり~


嬉しいですね!美雨もずっと注目してきた沖ノ島がユネスコの世界遺産に認められ、ビッグニュースになっています。
正式名称は「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」で、計8資産が認められた格好で、決定しましたね!
本当に嬉しいので、慶びの気持ちを込め 、7年前書いた記事ですが、リニューアルして掲載したいと思います。^^


宗像003 世界遺産に向けて 沖ノ島の三女神物語


夏の陽射しが翳りをみせ 秋風が吹き始めると、美雨のそわそわが始まります。
過去、毎年10/1日に合わせて訪れていたあの島と玄界灘。

何をさしおいても繰り合わせ訪れたかった・・・あのかたたちに会いに。

・・・あのかたと呼べるのかわからない、見えざる稀人(まれびと)なのですが。(笑)

いつごろから習慣になったかは定かではないのですが、昔から北九州の太宰府天満宮に報恩感謝と守護祈願にしばしば訪れていたのが、宗像(ムナカタ)さんとご縁をむすぶきっかけだったように思います。大宰府政庁跡も良かったですが、美雨は全く期待していなかった宗像大社の神宝館に強く心を動かされました。宗像大社の三女神の伝説と信仰をめぐり、それぞれの姫神の祀られる辺津宮、中津宮(大島)の神主さんや神宝館の学芸員の人達にたくさん良い話を聞きました。宗像さんの旅では秘宝の眠っていた玄海灘の島をクルーズし、筑前大島に泊ります。




本家の奈良正倉院
奈良正倉院



ここで、海の正倉院と呼ばれる宗像さんの歴史的背景と文化財につていて少し触れてみます。

正倉院と言えば、まず奈良東大寺の本家、正倉院を誰もが思い浮かべると思います。
その奈良の正倉院について軽く説明を。
正倉院には奈良時代からつ伝えられた品が数多く保存されています。
有名なものに五弦のびわがありますね。びわに描かれた絵には熱帯樹の下で らくだに乗ってびわを弾く人物が描かれていますが、正倉院には、日本にない動植物を描いた器や織物などがあり、それらに描かれた絵の風物から、インドに始まり中央アジアから中国に伝えられたことがわかっています。奈良時代の日本に、そのころ栄えていた世界各地の国々とのつながりがあると思われる品々が在ったのです。そして、その正倉院に匹敵する、同時代に海を越えて渡って来た国宝指定8万点というケタ違いの所蔵量を誇る宗像・沖ノ島神宝は、まさに「海の正倉院」と呼ばれるにふさわしいと言えましょう。


五弦のびわ
五弦のびわ



地理的背景・時代背景と結びついた信仰についてすこし。(歴史が好きな人は読んでね)

日本は4世紀後半から10世紀初頭にかけて朝鮮半島や中国との交流により、国家の形が整えられてきました。
この交流にあたり玄海灘の真ん中、航路の中途にある沖ノ島で航海の安全を祈る大規模な祭祀が行われてきたのです。船にとって危険な玄海灘を航行する際の道案内や祭祀を支えたのが古代ムナカタ一族と考えられています。

祭祀に使われたと思われる4C後半~10C初頭にかけての神宝8万点が出土し、全てが国宝に指定されました。
4世紀後半、朝鮮半島や中国との交渉を進めていた大和朝廷は、玄海灘の航海技術に長けたムナカタ一族を必要とし、ムナカタ一族が信仰していた沖ノ島を同様に崇めたのです。島で発見された祭祀品8万点は、当時の最高級品や海外の貴重な文物を豊富に含み、大和朝廷がいかに島の祭祀を盛大に行わせたかがうかがえるものです。



ちょっとおさらいコーナー

ムナカタ一族の神域、沖ノ島で4世紀から600年にわたり行われた祭祀の形態

A.岩上祭祀(4~5C) 
宗像007 岩上祭祀 4C~5C

B.岩陰祭祀(6~7C) 
宗像007 岩陰祭祀6C~7C

C.半岩陰・半露天祭祀(7~8C)
宗像008 半岩陰・半露天祭祀 7C~8C

D.露天祭祀(8~10C)
宗像008露天祭祀 8C~10C



☆お宝拝見☆


「金銅竜頭」
宗像011金銅竜頭一対
「金銅竜頭」:Cより出土。竜頭は一対であって、胴部をポール(竿)に挿して天がい(傘のようなもの)につりさげて用いたと考えられる。有名な敦煌の莫高窟の唐代の壁画にも類似品が描かれている。沖縄の首里城(世界遺産)にもよく似たものが展示されていたし、韓流ドラマで 高句麗時代のドラマや渤海王朝の始祖「大祚栄」(テ・ジョヨン)の結婚式にもポールをさした、この竜頭の傘の下、王と王妃が歩くシーンを見て驚いた覚えが。(笑)


敦煌の莫高窟の唐代の壁画にも描かれている「金銅竜頭」
宗像011天蓋(かさ)のつる下げ接触部分に龍の口が。
天蓋(かさ)のつる下げ接触部分に注目。この龍の口が。

拡大図
龍の口
これすごいですね。感動しませんか(涙)



「勾玉」(マガタマ)
宗像006 勾玉:マガタマ 古代の代表的な祭祀具 古い時代のものほど石質が良く色も綺麗である
古代の代表的な祭貝。古い時期のものほど石質が良く、色もきれいである。


「三角縁神獣鏡」:Aより出土。神仏や霊獣の文様を凝らした古代の鏡
宗像006 Aより出土。「三角縁神獣鏡」


「金製指輪」:Bより出土。
宗像005 朝鮮半島の新羅からもたらされた。同類の指輪が慶州の王墓から多数、出土している
朝鮮半島の新羅からもたされたもの。同類の指輪が韓国の慶州の王墓からも多数出土している。


「ガラス製小玉」(ビーズ装飾品)
ガラス製ビーズ装飾品
ガラス製の小玉は我が国では弥生時代から作られていたが、当時は貴重な宝だった。

※上記例だけでもすごいお宝なのに、これらが国宝指定が八万点のごく一部という・・・宗像の至宝のスケールがどれほどもののか、「海の正倉院」と謳われる所以がしのばれますね。



海の正倉院の島々と信仰-現在の姿についてもふれてみたい。

8万点以上の神宝が発掘された沖ノ島は、いまだ十年に1回しか入島が許されていない島です。
頑なに守られた信仰と伝統が長きにわたり「神の島」であるこの沖ノ島を守ってきたのです。
入島するために素っ裸になり、海でみそぎをして、その年に選ばれたほんの数人の男子だけが上陸を許される聖域なのです。

そして、玄海灘の海上交通の安全を祈願し、懸命に海のシルクロード文化を伝えようと奔走する宗像の人々の精神を象徴しているのが、昔から続く10月1日の「みあれ祭」です。

三女神の社をめぐるため、何百隻もの船が一斉に玄海灘に漕ぎ出し、壮大な海のパレードが行われる、生きた祭です。
学術的には、平成18年、国内外で高く評価されてきた沖ノ島の宝8万点が全て国宝に指定され、沖ノ島祭祀(信仰)の意義が再認識され、発掘調査の増加により、人々の営みや対外交渉、祭祀を支えた人々の様子がますます明らかになってきています。
宗像大社を中心にこの島を含めた神域を世界遺産に登録したいという動きが活発になるのは当然といえましょう。


船のパレード祭り「みあれ祭
船のパレード祭り「みあれ祭」宗像三女神の長女タゴリ姫に海上交通の守護を祈る伝統行事みあれ祭。玄界灘をわたる壮大な船のパレードがくり拡げられる
(みあれ祭の写真)

宗像大社の三女神の長女であるタゴリ姫に海上交通の守護を祈る伝統行事「みあれ祭」。
玄海灘を渡る壮大な船のパレードが繰り広げられる。

姫神たち(神輿)をのせた御座船をまもりつつみんなでパレード
PAP_1167.jpg
玄界灘を船ですーいすい 携帯なのでボケててすみましぇん(>_<)

PAP_1162.jpg
宗像の港についた御座船。雅びでした。


神を祭るための人々の行事はみあれ祭にとどまらず、市民参加型ミュージカルというユニークなイベントにも表れています。
一流の音楽監督や脚本家、振付、演出、演技指導家を招いて、プロ顔負けの舞台劇が街ぐるみで催される記念事業です。
その名も、ミュージカル『むなかた三女神記』。
美雨も飛び入りで参加させていただいた事がありますが、その質の高さと素晴らしい完成度に、感動ひとしきりでした。宗像の人達は、本当に神様が大好きなのですね。生まれたときから、沖ノ島の女神たちに祝福を受けていると信じてやまないひとびと。その信仰は、こうして毎年欠かすことなく海でのみあれ祭という船神輿パレードと、陸の人々の神々賛美ミュージカルという行事となって、連綿と受け継がれているのですね。


市民ミュージカルむなかた三女神記(マジで素晴らしかった!)
宗像001市民ミュージカルむなかた三女神記
これこそが生きた文化遺産ですね ↑ミュージカルのパンフレット



書きたいことは山ほどあるのだけど、ひたすら長くなりそうなので、この辺で括ってみます。

最後に「沖ノ島至宝と宗像大社、そして信仰を守るひとびと」について。

すでに沖ノ島は発掘調査されていますが、それは島のほんの一部であり、真実を知るためにはもっと探索する必要があると思われます。けれど、一方でこれ以上神宝を島から掘り起こさずに「神の島」として手つかずのまま保存する方が、神の島にふさわしいのではないかとの複雑な思いも湧いてきます。

それを満たしてくれる手段として、上に記した「世界遺産登録」が心に浮かびます。
最も日本的な宝が出土しているだけでなく、自然と人間の調和ができているところだからです。
自然も、人間も、単体では生きれない。両者が複合し、数千年も融合し生き続けてきて、なおかつ今も生きている沖ノ島こと世界遺産にふさわしいと思うのです。
寂しいかな、日本には未だ複合遺産がありません。政府は自然遺産のほうに重きを置いていますが、これからの方向性は複合遺産だ、と早稲田大学教授の吉村先生も仰っていました。

複合遺産――などというと何やら難しそうですが、ようは自然と信仰(人々)が何千年も融合し生き続けてきて、いまも、そしてこれからも生き続けてゆくであろう遺産、ということです。
それをしっかりと具現しているものが、玄界灘のみあれ祭であり、沖ノ島三女神を賛美する市民参加型ミュージカルです。

宗像大社を中心に、この島を含めた神域を世界遺産に登録する日も遠くない事を、美雨もこころから祈ってやみませんでした。
それが、本当に実現する日が、やってきました。

願い、って 叶うんですね。(涙)

まずは、宗像の三女神さまに、こころからのおめでとうを。
そして、ユネスコに長く働きかけてきた宗像市のみなさん、関係者の方々、お祝い申し上げます。




美雨


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